愛とか恋とかウザいので
◇◇◇
自分専用の執務室で書類に目を通していた蒼弥は、高い位置からなにかを落としたらしい硬質な音に顔を上げた。
「大丈夫か?」
問いかける秘書の塩井達紀の声に続いて、「すみません。大丈夫です」と、同じく秘書の朝比奈萌依の声が聞こえてくる。
どうやら彼女がなにか落としたらしい。
その後またなにかが落ちる音がしたかと思ったら、今度はもうひとりの秘書である渥美浩二郎が似たような質問をしている。
普段とは違う騒々しい物音に、つい聞き耳を立てていると、萌依が休憩を取ってもいいかと確認する声が聞こえてきた。
(なにかあったのか?)
普段の萌依は、どちらかといえば物静で冷静なイメージなのだが、今はやけに落ち着きがない。
萌依が部屋を出て行く気配を感じながら、蒼弥は、彼女について自分が知る情報を再確認する。
十和企興という大手広告代理店から転職してきた萌依は、最初は広報に配属されていた。
そこで上司が彼女の仕事ぶりを高く評価しており、若手育成を兼ねて蒼弥の秘書を増員しようという話が出た時に、是非にとも彼女を推薦したのだ。
前職でも短期間ではあるが秘書課に所属していたということもあり、今の配属となったのだが、萌依の仕事ぶりは、蒼弥の期待を上回るものだった。
(一部の社員には無口で無愛想で融通がきかないと煙たがられているようだが、俺としてはそれくらいがちょうどいい)
自惚れる気はないが、華やかな見た目の蒼弥は、女性の興味を引いてしまうことが多い。
そのため、秘書に若い女性を迎え入れて、面倒が起きなかという懸念もあったのだが、萌依の働きぶりを見て、それは杞憂だとすぐにわかった。
萌依は仕事熱心で、いつも粛々と業務をこなしている。それだけでなく、女性社員からのアプローチを煩わしく思っている蒼弥の気持ちを察して、そういった者たちをうまくあしらってくれているようだ。
塩井の話しによると、そのせいで彼女を悪く言う女性社員がいるようなので、蒼弥としてはその点は申し訳なく思う。
なんにせよ、萌依には普段冷静な印象のあるだけに、彼女の慌てた様子が気にかかる。
もし仕事が関係しているのであれば、早めに把握しておきたい。
立ち上がった蒼弥は、そのまま執務室のドアを開け、隣の部屋で仕事していた塩井に声をかける。
「朝比奈君が戻ったら、一度私に声をかけるよう言ってくれ」
「今すぐ呼び戻しましょうか?」
休憩を出すタイミングを間違ったとでも思ったのか、塩井が腰を浮かせるので、蒼弥はその必要はないと首を横に振る。
「急ぎの案件ではないし、たいしたことでもない。戻ってきてからで問題ない」
蒼弥がそう返した時、ノックもなく社長室のドアが開いた。
萌依が忘れ物でもして戻ってきたのかと思い視線を向けると、戸口には、ベージュのスーツを着た高齢の男性が立っている。
「「会長っ」」
塩井と渥美の声が重なる。
弾かれたように立ち上がり、深くお辞儀をするふたりの秘書に興味を示すことなく、『会長』と呼ばれた高齢男性は、蒼弥へと歩み寄る。
「邪魔するぞ」
有無を言わさぬ態度で蒼弥にそう宣言するのは、蒼弥の父方の祖父であり、このハルモニアの会長でもある早瀬重之だ。
(またか……)
重之がA4サイズの封筒を携えていることに目ざとく気付いた蒼弥は、相手に気付かれないようため息を漏らす。
相手をするのは面倒だが、ここで追い返したところで、別の日に押しかけてくるだけだ。
相手をするしかないと諦めて、蒼弥は、「ではこちらで」と、自分の執務室に重之を招き入れた。
自分専用の執務室で書類に目を通していた蒼弥は、高い位置からなにかを落としたらしい硬質な音に顔を上げた。
「大丈夫か?」
問いかける秘書の塩井達紀の声に続いて、「すみません。大丈夫です」と、同じく秘書の朝比奈萌依の声が聞こえてくる。
どうやら彼女がなにか落としたらしい。
その後またなにかが落ちる音がしたかと思ったら、今度はもうひとりの秘書である渥美浩二郎が似たような質問をしている。
普段とは違う騒々しい物音に、つい聞き耳を立てていると、萌依が休憩を取ってもいいかと確認する声が聞こえてきた。
(なにかあったのか?)
普段の萌依は、どちらかといえば物静で冷静なイメージなのだが、今はやけに落ち着きがない。
萌依が部屋を出て行く気配を感じながら、蒼弥は、彼女について自分が知る情報を再確認する。
十和企興という大手広告代理店から転職してきた萌依は、最初は広報に配属されていた。
そこで上司が彼女の仕事ぶりを高く評価しており、若手育成を兼ねて蒼弥の秘書を増員しようという話が出た時に、是非にとも彼女を推薦したのだ。
前職でも短期間ではあるが秘書課に所属していたということもあり、今の配属となったのだが、萌依の仕事ぶりは、蒼弥の期待を上回るものだった。
(一部の社員には無口で無愛想で融通がきかないと煙たがられているようだが、俺としてはそれくらいがちょうどいい)
自惚れる気はないが、華やかな見た目の蒼弥は、女性の興味を引いてしまうことが多い。
そのため、秘書に若い女性を迎え入れて、面倒が起きなかという懸念もあったのだが、萌依の働きぶりを見て、それは杞憂だとすぐにわかった。
萌依は仕事熱心で、いつも粛々と業務をこなしている。それだけでなく、女性社員からのアプローチを煩わしく思っている蒼弥の気持ちを察して、そういった者たちをうまくあしらってくれているようだ。
塩井の話しによると、そのせいで彼女を悪く言う女性社員がいるようなので、蒼弥としてはその点は申し訳なく思う。
なんにせよ、萌依には普段冷静な印象のあるだけに、彼女の慌てた様子が気にかかる。
もし仕事が関係しているのであれば、早めに把握しておきたい。
立ち上がった蒼弥は、そのまま執務室のドアを開け、隣の部屋で仕事していた塩井に声をかける。
「朝比奈君が戻ったら、一度私に声をかけるよう言ってくれ」
「今すぐ呼び戻しましょうか?」
休憩を出すタイミングを間違ったとでも思ったのか、塩井が腰を浮かせるので、蒼弥はその必要はないと首を横に振る。
「急ぎの案件ではないし、たいしたことでもない。戻ってきてからで問題ない」
蒼弥がそう返した時、ノックもなく社長室のドアが開いた。
萌依が忘れ物でもして戻ってきたのかと思い視線を向けると、戸口には、ベージュのスーツを着た高齢の男性が立っている。
「「会長っ」」
塩井と渥美の声が重なる。
弾かれたように立ち上がり、深くお辞儀をするふたりの秘書に興味を示すことなく、『会長』と呼ばれた高齢男性は、蒼弥へと歩み寄る。
「邪魔するぞ」
有無を言わさぬ態度で蒼弥にそう宣言するのは、蒼弥の父方の祖父であり、このハルモニアの会長でもある早瀬重之だ。
(またか……)
重之がA4サイズの封筒を携えていることに目ざとく気付いた蒼弥は、相手に気付かれないようため息を漏らす。
相手をするのは面倒だが、ここで追い返したところで、別の日に押しかけてくるだけだ。
相手をするしかないと諦めて、蒼弥は、「ではこちらで」と、自分の執務室に重之を招き入れた。