この恋心を悟られてはいけない
「こんな、鍵をかけていても侵入されそうな部屋で女性が一人暮らしを……」
「そんなに酷くないですよ!? 平民ならこのくらいが普通です」
「……行き先を変えよう。付いてきてくれ」

 腕を引かれ、ズンズンと歩く。だが歩幅はヴェルデに合わせられている。強引なのか優しいのか分からなくなる。

「どこに行くんですか?」
「俺の家だ」
「それはちょっと……。私、これでも女でして」
「女性という自覚があるならもっとマシな家に住んでくれ。それに、何もしない。神に誓ってもいい」
「ですが……」

 そう言いながら進んでいく先にあるのは貴族街。ヴェルデとは縁がないと思っていた場所だ。
 比較的市場に近い、小さめの家が立ち並ぶ場所に彼の家はあった。だが奥にある大豪邸と比べて、という話であって、ヴェルデの暮らしている部屋よりもウンと広い。

 リオネルは鍵を開け、そのまま家の中に進んでいく。腕を引かれたヴェルデも当然彼に続く形となり、たくさんあるドアの一つで足を止める。

「君にはこの部屋を使ってもらおうと思う。しばらく使っていないから少し埃っぽいかもしれないが、明日清掃を入れるから今晩は我慢してほしい」

 部屋にはいかにも高そうな家具が並んでいる。ベッドだって、店で一番広い部屋に置かれているものより大きい。

「さすがにこんなに立派なお部屋を使わせていただくのは申し訳ないといいますか、私は自宅でも大丈夫ですので」
「あの家ではセキュリティ面に問題がある。何かあってからでは遅いんだ」
「家族でも恋人でもない男女が一つ屋根で生活するだって、普通は何かあったって疑われるものなんですよ……」
「下世話な噂を流す者達は君を守ってはくれない」
「帰りたい……」

 ヴェルデはボソっと呟く。
 だが返ってくるのはすげない言葉である。

「君の家のセキュリティ面に問題があった場合は、俺の家で保護すると店長の了解を取ってある。本当に連れてくるとは思ってもみなかったが、犯人逮捕まで我慢してくれ」

 いつの間に了解なんて取ったのだろうか。勝手に話を進めてしまうなんて、店長も店長である。彼なりにヴェルデのことを心配してくれているのは分かるが、事前に相談して欲しかった。

「せめて着替えは取りに行かせてください……」
「もう遅いので明日以降にしてくれ。俺はただ……心配なんだ」

 眉を下げ、困ったように説得される。まるでヴェルデが駄々を捏ねているようだ。恋人でも婚約者でもない若い男女が一つ屋根の下で過ごすなんておかしいはずなのに……。すでに逃げ場は塞がれていた。

 ヴェルデが抵抗を諦めたのを察し、リオネルは柔らかく笑った。
 そして別の部屋に行くと、なにやら真新しい服を持ってきた。

「大きいかもしれないが、寝巻きはこれを使ってくれ。男物だが新品で綺麗だから」

 いかにも高そうな黒いパジャマである。おそらくシルク製。ヴェルデには大きすぎる。好意とはいえ断るべきなのだろう。だが一日働いた服で、これまた立派なベッドを使うのも気が引けた。

 どうしたものかと悩んでいると、しょんぼりと落ち込むリオネルと目が合った。

「やはり、私の服は嫌か?」
「……ありがたく使わせていただきます」

 警護だって仕事とはいえ、好意であることには違いない。これ以上断るのも悪いと、自分に言い聞かせることにした。

「ところで食事は済んでいるのか?」
「開店前に賄いを食べました」
「そうか。なら夜はいいな。今日はゆっくり寝てくれ」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ、ヴェルデ嬢」

 柔らかく微笑まれ、少しだけソワソワする。きっと慣れない場所に来たからだ。そうに違いない。ヴェルデは借りたパジャマに袖を通す。ズボンは長すぎたので、上だけワンピースのように着ることにした。
 
 落ち着かない。
 そう思っていたのも初めだけ。自分で思っている以上に疲れていたらしい。柔らかいベッドに溺れるように眠りの世界に落ちていった。
 

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