夜だけ、わがまま聞いて?

カーテンの裏の密月

昨夜、律に太ももを強く掴まれた痕が、まだかすかに疼いている。
それに加えて、初日に首筋につけられたキスマークを司くんに見られないよう、私は学校でも頑なに制服のハイネックのボタンを締め、リボンをきつく結んでいた。
「なぁ、愛李栖。お前、最近ずっと首元気にしてるけど、どうかしたか? 今日、結構暑いぞ。ほら、リボン緩めてやろうか?」
放課後の教室。
荷物をまとめながら、司くんが心配そうに私の首元へ大きな手を伸ばしてきた。
「っ、だめ、触らないで……っ!」
思わず悲鳴のような声を上げて、司くんの手をパッと拒絶してしまう。
「……愛李栖?」
司くんの端正な顔が、傷ついたように微かに曇る。
「ご、ごめんなさい……ちょっと、目眩がして。先に保健室で休んでるね!」
これ以上一緒にいたら、律につけられたドロドロの秘密がバレてしまう。
私は逃げるように教室を飛び出し、静まり返った保健室へと駆け込んだ。
幸い先生は不在で、私は一番奥のベッドに倒れ込み、白いカーテンをきっちりと閉めた。
はぁ、はぁ、と荒い呼吸を繰り返す。
司くんに優しくされるたび、私の頭に浮かぶのは、自分を狂おしそうに見つめる律の潤んだ瞳ばかり。
司くんの純粋な愛を受け入れられない罪悪感と、律のケダモノのような愛に飢えている快感が、私を内側から焼き尽くしそうだった。
その時、静かな保健室に、カチャ……とドアが開く音が響いた。
司くん……? 追いかけてきてくれたの……?
そう思った次の瞬間、迷いのない足音が近づき、シャァッと音を立ててベッドのカーテンが開けられた。
「――お嬢様。お迎えに上がりました」
「っ、り、律……!?」
そこに立っていたのは、学校にいるはずのない律だった。
一糸乱れぬ黒のスーツ。
だけど、その美しい顔からは完全に光が消え、底なしの暗い情欲と怒りが渦巻いている。
「どうしてここに……まだ放課後なのに……」
「お嬢様が体調を崩されたと聞き、執事として黙っていられるわけがないでしょう?」
律はカーテンを内側からきっちりと閉め直すと、音もなくベッドの上に這い上がってきた。
三つ揃いのスーツのまま、私の身体の上に覆い被さる。
その瞬間、律がすでに「白の手袋」を床に脱ぎ捨てていることに気づき、私はゾクッと背筋を震わせた。
「あの男の手を、拒みましたね」
律の低く掠れた声が、私の耳元を打つ。
「偉いです、愛李栖。……でも、拒み方が下手くそです。あの男、あなたに拒まれて、今にも泣きそうな顔であなたを探し回っていますよ」
「っ、それは……」
「俺の痕を隠すために、必死にリボンを握りしめて……。そんなにあの男に、俺との秘密を知られるのが怖いですか?」
律の大きな手が、私の制服のリボンを乱暴に引き解いた。
パチン、パチンとハイネックのボタンが外され、朝の冷たい空気が、昨日上書きされたばかりの首筋の痕に触れる。
「あ……っ、律、だめ……ここは学校……っ」
「学校が何ですか。あなたが他の男と一つ屋根の下で3日も過ごしていることに比べたら、これくらい、何の躊躇いもありません」
律の熱い手のひらが、私の細い腰をガッチリと掴んでベッドに押し付ける。
そのまま、首筋の痕へ、容赦なく鋭い歯を立てて噛みついた。
「――っ、い……ぁっ……!」
痛みに声を上げそうになる私の唇を、律は自分の唇で強引に塞いだ。
何度も、何度も、息が整う隙もないほど深く、 激しく貪られる口づけ。
口内が律の熱で支配され、頭の中がすっかり真っ白になっていく。
どれだけ司くんに迫られても、私の身体を芯から溶かすのは、この律の狂暴な愛だけ。
その時――。
ガラガラッ! と、保健室の入り口のドアが勢いよく開いた。
「愛李栖! いるんだろ? 保健室にいるって聞いて――」
司くんの声だ。すぐ近くまで来ている。
「っ、……んむぅっ!?」
焦って身を剥がそうとする私を、律はさらに強い力で抱きつぶし、キスを深めた。
カーテンのすぐ向こうに、婚約者がいる。見つかればすべてが終わる。
その圧倒的な恐怖が、逆に律の口づけの快感を何倍にも跳ね上げていく。
「愛李栖? 奥のベッドか?」
司くんの足音が、私たちのカーテンへと近づいてくる。
律は、わざと私の首筋を じりり と強く吸い上げ、鼻にかかった甘い吐息を漏らした。
汗に濡れた前髪の隙間から、律が私を見つめる。
その瞳は、見つかる恐怖など微塵も感じていない、私を独占できた愉悦に妖しく濡れた『ケダモノ』そのものだった。
「……んっ、ぁ……」
司くんの影が、白いカーテンのすぐ向こう側に映し出されたその瞬間、私の心臓は壊れそうなほどの音を立てていた――。
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