夜だけ、わがまま聞いて?

暗闇に溶ける影

ドォォォンッ!!!
地響きを立てるような激しい雷鳴が、九龍の屋敷を大きく揺らした。
窓ガラスを激しく叩きつける暴風雨の音。
同居生活5日目の夜、再びあの忌々しい嵐がやってきた。
「ひゃうっ……!」
ベッドの上で身を縮めたその瞬間、パツン、と音を立てて部屋の明かりがすべて消え去った。
エアコンの駆動音も消え、部屋全体が完全な静寂と真っ暗闇に包まれる。
「っ、停電……!? 嘘、何も見えない……っ」
幼い頃から雷が死ぬほど嫌いな私にとって、この暗闇はあまりにも恐ろしすぎた。
恐怖で頭がどうにかなりそうで、ガタガタと震えながら、視界ゼロの空間に手を伸ばす。
「司くん……? どこ……っ、怖いよ……!」
その時、ガサリ、とベッドのシーツが擦れる音が聞こえた。
次の瞬間、強い力で私の身体がグイッと引き寄せられ、逞しい腕の中にガッチリと閉じ込められた。
「っ、つかさ、くん……っ!」
私は必死になって、その胸元に顔を埋め、しがみついた。
いつもなら、ここで司くんが「大丈夫か?」とか「俺がいるから怖くない」と、あの少しハスキーな声で安心させてくれるはずだった。
なのに――相手は一言も喋らない。
トクン、トクン、と私の耳元で波打つ、異常なほどに速く、重い心臓の鼓動。
そして、衣服越しでも火傷しそうなほどに伝わってくる、驚くほど熱い手のひらの体温。
何よりも、私の華奢な身体をミシミシと軋ませるほどに、強く、 強く、抱きつぶさんとするほどの異常な執着の強さ。
……ちがう。この熱さは、司くんじゃない……っ。
気づいた瞬間、背筋に甘い鳥肌が走った。
手袋を脱ぎ捨てた大きな手が、私の背中から、ゆっくりとハイネックの襟元へと這い上がってくる。
その指先が、昨日彼が薬指に刻みつけた「噛み痕」を、わざと じりり と強く なぞった。
「っ、……りつ……っんむぅっ!?」
名前を呼ぼうとした唇が、暗闇の中で正確に塞がれた。
声を出すことすら許さない、暴力的で、息ができないほどに深い口づけ。
何も見えない。
だからこそ、唇から注ぎ込まれる律の熱と、首筋に押し当てられる汗に濡れた前髪の感触が、狂おしいほど鮮明に脳に伝わってくる。
旦那様から屋敷の管理を任されている優秀な執事。
彼なら、ブレーカーのトラブルで停電が起きるタイミングなど、いくらでも予期できたはずだ。
いや、もしかしたら、この闇すら彼が意図して作り出したものなのかもしれない。
「……ん、っ、……ふぁ、……」
一度離れた唇が、愛おしさを確かめるようにまた深く塞がれる。
暗闇をいいことに、律は野生のケダモノそのものになって私を貪っていた。
外では激しい雷雨が鳴り響いているのに、私の頭の中は律の熱い口づけに蕩かされ、すっかり真っ白になっていく。
隣の部屋に司くんがいるかもしれないのに、この背徳的な快感に身体が勝手に歓喜してしまう。
その時――。
「愛李栖! どこだ!? 無事か!?」
廊下の方から、バタバタと激しい足音と共に、司くんの叫び声が近づいてきた。
カチッ、とマッチを擦る音がして、ドアの隙間からかすかな光が漏れ始める。
「っ、……!」
焦って律の胸を押し返そうとするけれど、律はギリッと私の腰をさらに強く抱き締め、最後に名残惜しそうに、私の唇を強く噛むように吸い上げてから、ゆっくりと身体を離した。
バタン! とドアが開く。
「愛李栖! スマホのライト点いた、今行く――」
司くんがスマホの明かりで部屋を照らした瞬間。
私のベッドの横には、もう誰もいなかった。
ベランダのカーテンが、冷たい夜風に吹かれて不自然に大きく揺れているだけ。
「愛李栖! 悪かった、すぐ側に行ってやれなくて……!」
司くんが血相を変えてベッドに飛び込んできて、私の肩を抱きしめる。
「……司、くん……」
「ひどい汗だ……本当に怖かったんだな。もう大丈夫だから、ここにいろ」
司くんの腕は、私を本当に心配してくれている温もりに満ちていた。
だけど、私の唇には、まだ消えない律の熱い唾液の味が残っていて、薬指の噛み痕がじんじんと熱を持っていた。
闇に紛れて私を貪り、そして影のように消え去った執事。
司くんの胸に抱かれながらも、私の心は、あの暗闇の中で激しく私を求めてきた律のケダモノの瞳に、完全に囚われたままだった――。
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