夜だけ、わがまま聞いて?
午前0時の檻
「瀬名! この不届き者が……! 出あえ、この男を連れて行け!!」
お父様の怒号が響き渡り、応接室に屈強なボディガードたちがなだれ込んできた。
律は私を庇うように立ち回ったけれど、多勢に無勢、ついには床に組み伏せられてしまった。
「律……っ! 律、やめてお父様!!」
「黙れ、愛李栖! お前は部屋に籠もっていろ!」
床に顔を押し付けられながらも、律は汗に濡れた前髪の隙間から、狂おしいほどの執着を孕んだ漆黒の瞳で私を見つめていた。
その唇が、声を出さずにこう動く。
――『待っていてください、愛李栖』――
それが、完璧な執事・瀬名律を見た最後だった。
律はそのまま屋敷を叩き出され、私はスマホも通信手段もすべて奪われた上で、自室に軟禁されてしまった。
それから3日後。
部屋の外では、お父様と鳳家によって、不祥事を揉み消すための「強制的な結婚式」の準備が着々と進められていた。
司くんは一度だけ部屋に来て、「お前がアイツに脅されてたんだって信じてる。俺が全部忘れさせてやるから」と悲しそうに言ったけれど、私の心には響かなかった。
私の肌に刻まれた律の噛み痕は、日が経つにつれてゆっくりと薄れていく。
それが、何よりも恐ろしかった。律の熱が、私の身体から消えていく。
早く上書きして、もっと痛くして、私を律の愛で満たして――。
そして迎えた、結婚式前夜の午前0時。
外は、あの日と同じ激しい雷雨だった。
真っ暗な部屋のベッドで、消えかけた薬指の痕をなぞりながら涙を流していた、その時。
カツン……。
ベランダの窓の外から、微かな音が聞こえた。
まさか、ここは3階なのに。
カチャリ――。
静寂を引き裂いて、窓の鍵が開く乾いた音が冷たく響いた。
激しい雨風と共に、カーテンを押し開けて入ってきた影。私は息を呑んだ。
「――お迎えに上がりました。お嬢様」
「っ、り、律……っ!?」
そこにいたのは、もう黒のスーツを着た執事ではなかった。
ずぶ濡れの黒いシャツを胸元まではだけさせ、あちこちにボディガードたちと乱闘したような傷や痣を作った律が、妖しく微笑んでいた。その瞳は完全に光を失っていて、底なしの狂気と独占欲でドロドロに濁っている。
「本当に、あの男と結婚してしまうのかと思いましたよ。……俺以外の男に、その綺麗なウエディングドレスを着せるつもりですか?」
「ちがう、私は、律がいないと……っ」
ベッドに駆け寄ってきた律の胸に、私は自ら縋り付いた。
「ああ、愛李栖……愛李栖……っ! 会いたかった、俺の愛李栖……ッ!」
律の大きな、熱い手のひらが私の身体を壊しそうなほど強く抱きしめる。
彼は私の制服の襟元を乱暴に引き裂くと、消えかけていた首筋の痕へ、狂ったように鋭い歯を立てて深く、激しく噛みついた。
「――っ、あ……っ! 痛い、律……っ!」
「痛くします。二度と消えないように。あの男の記憶も、お父様の言葉も、全部この痛みで狂わせてあげます」
傷口から溢れる熱い血を、律は愛おしそうに何度も、何度も吸い上げ、ドロドロとした執着を私の肌に直接採取するように刻み直していく。
そして、拒む隙もないほど深く塞がれる熱い口づけ。
息が整う隙もないほど、何度も何度も繰り返される狂暴なキスに、私の頭は一瞬で真っ白になった。
「さあ、行きましょう。誰の目にも触れない、俺とあなただけの秘密の檻へ。もう二度と、あんな男たちにあなたを触らせない」
律は私を横抱きにすると、豪雨が吹き荒れるベランダの闇へと迷いなく足を踏み出した。
明日、結婚式場は大騒ぎになるだろう。
司くんも、お父様も、血眼になって私を探すはずだ。
だけど、私を抱きしめる律の腕の、火傷しそうなほどの熱さと圧倒的な重さを感じながら、私は確信していた。
私を見つめるこの『ケダモノ』の檻の中から、私は一生、逃げ出すつもりなんてないのだと――。
お父様の怒号が響き渡り、応接室に屈強なボディガードたちがなだれ込んできた。
律は私を庇うように立ち回ったけれど、多勢に無勢、ついには床に組み伏せられてしまった。
「律……っ! 律、やめてお父様!!」
「黙れ、愛李栖! お前は部屋に籠もっていろ!」
床に顔を押し付けられながらも、律は汗に濡れた前髪の隙間から、狂おしいほどの執着を孕んだ漆黒の瞳で私を見つめていた。
その唇が、声を出さずにこう動く。
――『待っていてください、愛李栖』――
それが、完璧な執事・瀬名律を見た最後だった。
律はそのまま屋敷を叩き出され、私はスマホも通信手段もすべて奪われた上で、自室に軟禁されてしまった。
それから3日後。
部屋の外では、お父様と鳳家によって、不祥事を揉み消すための「強制的な結婚式」の準備が着々と進められていた。
司くんは一度だけ部屋に来て、「お前がアイツに脅されてたんだって信じてる。俺が全部忘れさせてやるから」と悲しそうに言ったけれど、私の心には響かなかった。
私の肌に刻まれた律の噛み痕は、日が経つにつれてゆっくりと薄れていく。
それが、何よりも恐ろしかった。律の熱が、私の身体から消えていく。
早く上書きして、もっと痛くして、私を律の愛で満たして――。
そして迎えた、結婚式前夜の午前0時。
外は、あの日と同じ激しい雷雨だった。
真っ暗な部屋のベッドで、消えかけた薬指の痕をなぞりながら涙を流していた、その時。
カツン……。
ベランダの窓の外から、微かな音が聞こえた。
まさか、ここは3階なのに。
カチャリ――。
静寂を引き裂いて、窓の鍵が開く乾いた音が冷たく響いた。
激しい雨風と共に、カーテンを押し開けて入ってきた影。私は息を呑んだ。
「――お迎えに上がりました。お嬢様」
「っ、り、律……っ!?」
そこにいたのは、もう黒のスーツを着た執事ではなかった。
ずぶ濡れの黒いシャツを胸元まではだけさせ、あちこちにボディガードたちと乱闘したような傷や痣を作った律が、妖しく微笑んでいた。その瞳は完全に光を失っていて、底なしの狂気と独占欲でドロドロに濁っている。
「本当に、あの男と結婚してしまうのかと思いましたよ。……俺以外の男に、その綺麗なウエディングドレスを着せるつもりですか?」
「ちがう、私は、律がいないと……っ」
ベッドに駆け寄ってきた律の胸に、私は自ら縋り付いた。
「ああ、愛李栖……愛李栖……っ! 会いたかった、俺の愛李栖……ッ!」
律の大きな、熱い手のひらが私の身体を壊しそうなほど強く抱きしめる。
彼は私の制服の襟元を乱暴に引き裂くと、消えかけていた首筋の痕へ、狂ったように鋭い歯を立てて深く、激しく噛みついた。
「――っ、あ……っ! 痛い、律……っ!」
「痛くします。二度と消えないように。あの男の記憶も、お父様の言葉も、全部この痛みで狂わせてあげます」
傷口から溢れる熱い血を、律は愛おしそうに何度も、何度も吸い上げ、ドロドロとした執着を私の肌に直接採取するように刻み直していく。
そして、拒む隙もないほど深く塞がれる熱い口づけ。
息が整う隙もないほど、何度も何度も繰り返される狂暴なキスに、私の頭は一瞬で真っ白になった。
「さあ、行きましょう。誰の目にも触れない、俺とあなただけの秘密の檻へ。もう二度と、あんな男たちにあなたを触らせない」
律は私を横抱きにすると、豪雨が吹き荒れるベランダの闇へと迷いなく足を踏み出した。
明日、結婚式場は大騒ぎになるだろう。
司くんも、お父様も、血眼になって私を探すはずだ。
だけど、私を抱きしめる律の腕の、火傷しそうなほどの熱さと圧倒的な重さを感じながら、私は確信していた。
私を見つめるこの『ケダモノ』の檻の中から、私は一生、逃げ出すつもりなんてないのだと――。