夜だけ、わがまま聞いて?

私の婚約者?

放課後、九龍家の重厚な応接室に呼び出された私は、ソファの対面に座る厳格な父を見上げて、息を呑んだ。
背後には、いつも通り表情を消した執事の律が、影のように控えている。
「愛李栖。お前に鳳家の長男・司くんとの政略結婚を命じる。これはすでに両家で決定したことだ」
「……っ、そんな! 突然すぎます、お父様!」
頭を殴られたような衝撃に、私は思わず立ち上がった。
いくら大富豪の娘とはいえ、まだ高校2年生だ。
結婚なんて、しかも会ったこともない(正確には、幼い頃の記憶しかない)男となんて、受け入れられるわけがない。
それに――私の頭をよぎったのは、昨夜、私のベッドで甘く名前を呼んでくれた律の姿だった。
「お前が反発することは予想している。だからこそ、司くんの父親と話し合って『ある試み』を決めた」
父は冷徹な目で私を見据え、信じられない言葉を口にした。
「司くんは今日から我が家に滞在する。そして、結婚への心の準備として、今日から1週間、愛李栖、お前の部屋で共に過ごしてもらう」
「な……ッ!?」
お父様の言っている意味が、一瞬、理解できなかった。
私の部屋で、男の、それも婚約者と1週間、寝食を共にする……?
「嫌です! 私のプライベートな空間に、いくら婚約者でもそんな……!」
「決定事項だ。拒否は許さん。司くんもお前の部屋で過ごすことを了承している」
部屋中が絶望で凍りついたような感覚の中、私は背後にいる律の気配が、一瞬で『獰猛なケダモノ』のそれへと変貌したのを肌で感じた。
「――失礼いたします、旦那様」
それまで一言も発さなかった律が、一歩前に出る。
その声は、いつも通り完璧に澄んだ執事の声。
けれど、横目で見た律の横顔は、人を殺しそうなほど冷たく引き攣っていた。
「愛李栖お嬢様はまだ高校生。お部屋に殿方を1週間も入れるなど、お体の安全の面からも……」
「黙れ、瀬名。お前はただの執事だ。口を挟むな」
父の一喝に、律は「……失礼いたしました」と、深く、深く頭を下げた。
白の手袋をはめた彼の両拳が、生地がはち切れそうなほど固く、 ギリィ……と握りしめられているのを、お父様は気づいていない。
「今夜からだ。しっかり鳳家の妻としての自覚を持て」
応接室を出た瞬間、私の足はガタガタと震えていた。
今夜から、司が私の部屋に来る。
それはつまり――律と2人きりになれる、あの『午前0時のひみつの時間』が、完全に奪われることを意味していた。
廊下を歩く律の背中は、昼間よりもずっと冷たく、恐ろしいほどの殺気を放っていて、私は声をかけることすらできなかった。
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