夜だけ、わがまま聞いて?
お父様から「1週間、司と部屋で過ごせ」という衝撃の命令を下された私は、心臓をバクバクさせたまま、重い足取りで校門へと向かっていた。
どうしよう……首の後ろ、律につけられたキスマークが、まだ熱いのに……。
制服の襟を必死に引っ張りながら校門を出ると、いつものように漆黒のマイバッハの前で、完璧な姿勢で控える律の姿が見えた。
いつも通り冷徹な、鉄壁の執事の顔。だけど私と目が合った一瞬だけ、彼の視線が私の首元へ滑り、妖しく揺れた。
安心感と緊張で律の方へ一歩踏み出そうとした、その時だった。
「――おい。待てよ、愛李栖!」
背後から、低くて、少し低音のハスキーな声が響いた。
同時に、私の手首がグイッと強い力で掴まれる。
「っ、きゃあ!? 誰……っ」
驚いて振り返った瞬間、まばゆいほどのオーラに気圧され、息が止まった。
そこにいたのは、我が校の制服を着崩し、端正な顔に不敵な笑みを浮かべた見知らぬ美少年だった。
いや、見知らぬ、じゃない。どこか幼い頃の面影がある――。
「……司、くん……?」
「正解。やっと俺の顔、見たな」
驚く私をあざ笑うように、司(18)はフッと口元を緩めると、掴んだ手首をそのまま引っ張り、強引に私をその胸の中に抱き寄せた。
「なっ、ちょっと、放して……!」
「放すわけないだろ。今日からこの学校に編入したんだ。お前は俺の婚約者なんだから、これから四六時中、ずーっと一緒だ」
カツン、と硬い床の音が響く。
司の逞しい腕にガッチリとホールドされ、耳元で「俺の婚約者」と囁かれて頭が真っ白になる。
周囲の生徒たちが「キャー!何あのイケメン!」「九龍お嬢様がハグされてる!?」と一瞬で騒然となった。
だけど、私が一番恐怖を覚えたのは、そのガヤガヤとした周囲の騒音ではなかった。
カチャ。
すぐ近くで、高級車のドアが閉まる、静かで冷たい音がした。
恐る恐る視線を向けると、マイバッハの前に立つ律が、ゆっくりとこちらを向いたところだった。
その顔からは完全に血の気が引き、氷のように冷たく凝固している。
白の手袋をはめた両拳は、生地がはち切れそうなほど固く握りしめられ、その瞳の奥には、司を今すぐ噛み殺しそうなほどの激しい『殺気』が、黒々と渦巻いていた。
「律……っ」
助けを求めるように名前を呼ぶ私と、私を絶対に渡さないと腕を強める司、そして嫉妬で狂いかけている執事の律。
3人の視線がバチバチと交差した瞬間、私の平穏な日常が、音を立てて崩れ去っていくのが分かった――。
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