レディ・マーメイド
ようやくホッとしたように、女の子が「ありがとうございました」と頭を下げる。

やはり『パレ・ド・フローラ』のスタッフで、さっきの男に見覚えはないらしい。

名前を聞いたら名字は長く、下の名前は短くて呼びやすかった。

それだけの理由で、樹莉と呼ぶことにする。
とにかく今は安全な場所に樹莉を送らなくては。

つけてくる車を巻こうと、赤信号で向こうが止まったのを確認すると、少し先で左の細い路地に入り、エンジンとライトを消した。

バックミラーをじっと見ていると、男の車が素通りしていく。

この隙に樹莉を自宅に送り届けなければ。

だが訊けば樹莉は一人暮らしで、恋人もいないらしい。

それは少し意外だった。
顔立ちのきれいな品のいい女の子という印象で、きっとモテるだろうと思ったから。

それからもう一つ。
声がとても美しく、聞き心地がよい。

暗がりで姿がはっきり見えない分、余計に声が印象に残った。

とにかく今夜は一人にしない方がいい。

亜紋は『パレ・ド・フローラ』の仮眠室に泊まることを提案し、車を引き返した。

だがすぐに異様な気配を察する。

従業員用の出入り口に、パトカーが3台停まっていたのだった。
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