レディ・マーメイド
「どうぞ」

亜紋がドアを開けて促すと、樹莉は戸惑ったように呟く。

「ここは?」
「ロイヤルクレストのペントハウスだ。ひとまず今夜はここに泊まれ」

え、あの!と声を上げる樹莉に背を向けて、亜紋はパタンとゲストルームのドアを閉めた。

あのまま樹莉を一人にする訳にはいかず、亜紋は自分が居住スペースとして使っているホテル『ロイヤルクレスト 東京』の最上階に連れて来たのだった。

大きな窓から煌めく夜景を見下ろしつつ、考えを巡らせる。

(金盛と須藤がなにか企んでいるのは確かだろうな。今夜実行するはずがなにかの手違いで上手くいかず、部下に指示して樹莉を襲わせたり更衣室やゴミ置き場を捜索した。一体なにを探している?)

樹莉ならなにかを知っているかもしれないと思ったが、先程までの様子を見ると自覚していないのだろう。

今夜はもう遅い。

あれこれ問い詰めるのは明日にして、ゆっくり安全な場所で休ませることにした。

亜紋はスマートフォンを取り出して黒木に電話をかける。

「そっちの様子はどうだ?」
「警察の実況見分は終わったようです。ホテルの支配人によれば、荒らされた目的はわからず、不審なものも発見されていないとのこと。明日従業員一人一人に聞き取りを行うようです」
「わかった、ご苦労だったな。もうこちらに戻って来てくれ」
「かしこまりました」

20分程で到着した黒木から、亜紋は執務室で報告を受ける。

「金盛社長と須藤社長は、パーティーの間は一度も話をしませんでした。終盤に須藤社長は金盛社長に近づこうとしたのですが、金盛社長はわざと避けて牽制しているようにも見受けられました。お開きになって他のゲストが帰って行くと、見計らったようにロビーの隅で須藤社長が金盛社長に問い詰めていました。『話が違う、口先だけだったのか』と詰め寄る須藤社長に、『私に落ち度はない、ミスをしたのはそっちだ』と金盛社長は答えていて……。どうやら事前になにかの手はずを整えていたのが、上手くいかなかったようです」

亜紋は両腕を組み、椅子の背に身を預けて宙に目をやった。

「黒木の勘が正しかったようだな。金盛はなにかを企んでいる。ロイヤルクレストを陥れようと。そこにサンセットトラベルの須藤も絡んでいたということか。サンセットトラベルは、海外の予約サイトも展開していたよな?」
「はい。日本人がロイヤルクレストを予約する場合は、我々の傘下にあるクレストトラベルを通すかホテルの公式サイトでしか受け付けていません。ですが海外の、それも日本人が住んでいないような地域は、現地で一番大きな旅行会社を通じて予約することが可能です。そしてその旅行会社は、サンセットトラベルとも提携しています」
「なるほど、金盛はそこに目を付けた訳か。そして須藤に話を持ちかけた。裏工作して、ロイヤルクレストを大量に直前キャンセルせよと。報酬は、わかりやすく金か?」
「その確証はありません。今夜も二人はひそひそと隠れて話をするだけで、なにかの受け渡しは行われませんでした」
「まあ、証拠写真でも撮られたら困るからだろうな。昨今はSNSに投稿しようと、ありとあらゆる人がどこでもかしこでも写真を撮る。それに映り込んでSNSに載せられたら一環の終わりだ」

そうですね、と黒木も頷いた。

「そこで今夜、パーティーの間にさり気なくなにかのやり取りをしようとした。敢えて接触せずに。が、上手くいかなかった。その後ゴミ置き場を探っていたということは、紙かなにかだろうか。それもスタッフが持ち去ってしまうゴミのような。それを重要なものだとは思わず、樹莉が持って行ったというところだろうな」
「樹莉? とは、どなたですか?」
「女だ。俺が拾った」

ふっと黒木が口元に笑みを浮かべる。

「随分な物言いですね。おおかた、亜紋さんが助けたのでしょう?」
「子猫が野良犬に襲われていたら拾うだろう」
「助けて保護したのですね。それで、その子猫ちゃんは今どこに?」
「隣のゲストルームにいる」
「おやおや、亜紋さんにしては手が早いですね」

亜紋がジロリと黒木に睨みを効かせると、黒木は涼しい顔でそっぽを向いた。

「樹莉の世話を頼む。明日様子を見て、話を聞けたら聞きたい」
「かしこまりました。大切にお世話をさせていただきます」

含んだ言い方で笑みを浮かべつつ、黒木は頭を下げた。
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