Stellar Express
1番線
午前零時のプラットホーム
「新海、お前さ。もうちょっとクラスの空気ってやつを読めよ」
放課後の薄暗い進路指導室。
パイプ椅子に腰掛けた担任の、ひどく気怠げな声が、僕、新海空の鼓膜をじっとりと濡らす。
お説教の最中だというのに、担任は手元のスマホに届いた通知をチラチラと気にしていた。
僕の言い分なんて、最初から一文字も聞く気がないのだ。
空気。空気。空気。
読め。読め。読め。
どいつもこいつも、口を開けばそればかりだ。
思い出すのは、数時間前の昼休み。あの息が詰まるような教室の光景だ。
ガタガタと派手な音を立てて、クラスの中心グループの男子たちが、一人の席を取り囲んでいた。
ターゲットにされていたのは、いつも大人しくて俯いている男子。
僕も大人しいから人のこと言えないけど。
「おい、これお前の新しいあだ名な!」
主犯格の男子がゲラゲラと下品な声を上げながら、
油性ペンで彼の机にびっしりと呪詛のような落書きを書き殴っていく。
死ね
消えろ
ゴミ
勘違いすんな お前はただの玩具
生きてる価値無し
などなど、
尖ったペンの先が机を削る、嫌な高い音が教室に響いていた。
ターゲットの男子は、泣き出しそうな顔を必死に隠して、
ただ消え入りそうな声で「やめてよ……」と呟くだけ。
でも、一番反吐が出そうだったのは、いじめている奴らでも、いじめられてる奴でもない。
それを取り囲む「その他大勢」のクラスメイトたちだ。
みんな、次の標的にされたくないからと、引きつった笑顔を顔面に貼り付けてそれを見ている。
「あいつがノリ悪いからじゃん?」
「やり返せよ」
「俺たちやってねぇし」
という無言の言い訳が、教室中に充満していた。
それが、あの狭い教室における「正しい空気」であり「誰も傷つかないためのルール」だった。
心臓の奥が、どろりとした怒りで熱くなる。気づいたときには、体が勝手に動いていた。
あぁ、無性にイラつく。
ガタン、と
激しい音を立てて椅子を蹴り、僕は奴らの輪に割り込んだ。
主犯格の男の手から油性ペンをひったくり、
パン、と
床に叩きつけた。
落ちていた雑巾で、まだ乾いていない黒い文字を思い切り擦って消し始めた。
自分がやられてるわけじゃないのに。
これは正義の味方というのだろうか。
教室が一瞬で、水を打ったように静まり返る。
「……チッ、何なんだよ新海。マジ空気悪っ」
主犯の男子はすぐに
「ただのノリじゃん、新海マジウケる」
とヘラヘラ笑い、周囲は僕を「関わるとややこしい正義漢気取りの奴」として一瞬で遮断した。
そしてどっかから戻ってきた担任は、
事なかれ主義の顔で「お前が過剰に反応するから大ごとになる」と僕を責め立てたのだ。
ふざけるな、と思った。
お前らの言う「空気」なんて、ただの臆病者の言い訳。
都合のいい綺麗事ばかり押しつける大人も、
自分の身だけを守るために他人の痛みを笑い者にするクラスメイトも、全員クソ喰らえ。
──そんなイライラを抱えたまま帰宅しても、僕の家にはいわゆる「居場所」とか「逃げ場」
なんて存在しなかった。
放課後の薄暗い進路指導室。
パイプ椅子に腰掛けた担任の、ひどく気怠げな声が、僕、新海空の鼓膜をじっとりと濡らす。
お説教の最中だというのに、担任は手元のスマホに届いた通知をチラチラと気にしていた。
僕の言い分なんて、最初から一文字も聞く気がないのだ。
空気。空気。空気。
読め。読め。読め。
どいつもこいつも、口を開けばそればかりだ。
思い出すのは、数時間前の昼休み。あの息が詰まるような教室の光景だ。
ガタガタと派手な音を立てて、クラスの中心グループの男子たちが、一人の席を取り囲んでいた。
ターゲットにされていたのは、いつも大人しくて俯いている男子。
僕も大人しいから人のこと言えないけど。
「おい、これお前の新しいあだ名な!」
主犯格の男子がゲラゲラと下品な声を上げながら、
油性ペンで彼の机にびっしりと呪詛のような落書きを書き殴っていく。
死ね
消えろ
ゴミ
勘違いすんな お前はただの玩具
生きてる価値無し
などなど、
尖ったペンの先が机を削る、嫌な高い音が教室に響いていた。
ターゲットの男子は、泣き出しそうな顔を必死に隠して、
ただ消え入りそうな声で「やめてよ……」と呟くだけ。
でも、一番反吐が出そうだったのは、いじめている奴らでも、いじめられてる奴でもない。
それを取り囲む「その他大勢」のクラスメイトたちだ。
みんな、次の標的にされたくないからと、引きつった笑顔を顔面に貼り付けてそれを見ている。
「あいつがノリ悪いからじゃん?」
「やり返せよ」
「俺たちやってねぇし」
という無言の言い訳が、教室中に充満していた。
それが、あの狭い教室における「正しい空気」であり「誰も傷つかないためのルール」だった。
心臓の奥が、どろりとした怒りで熱くなる。気づいたときには、体が勝手に動いていた。
あぁ、無性にイラつく。
ガタン、と
激しい音を立てて椅子を蹴り、僕は奴らの輪に割り込んだ。
主犯格の男の手から油性ペンをひったくり、
パン、と
床に叩きつけた。
落ちていた雑巾で、まだ乾いていない黒い文字を思い切り擦って消し始めた。
自分がやられてるわけじゃないのに。
これは正義の味方というのだろうか。
教室が一瞬で、水を打ったように静まり返る。
「……チッ、何なんだよ新海。マジ空気悪っ」
主犯の男子はすぐに
「ただのノリじゃん、新海マジウケる」
とヘラヘラ笑い、周囲は僕を「関わるとややこしい正義漢気取りの奴」として一瞬で遮断した。
そしてどっかから戻ってきた担任は、
事なかれ主義の顔で「お前が過剰に反応するから大ごとになる」と僕を責め立てたのだ。
ふざけるな、と思った。
お前らの言う「空気」なんて、ただの臆病者の言い訳。
都合のいい綺麗事ばかり押しつける大人も、
自分の身だけを守るために他人の痛みを笑い者にするクラスメイトも、全員クソ喰らえ。
──そんなイライラを抱えたまま帰宅しても、僕の家にはいわゆる「居場所」とか「逃げ場」
なんて存在しなかった。