メイドインダーク(マフィア令嬢と少年メイドのインモラル逃亡潜伏) ※長編・一括掲載(R指定)

 二年前の過去、逃亡生活の一日目の晩。ケネディの両親を銃で撃ち殺した、あの突発的な「復讐」の事件現場を離れ、道連れに連れ出した幼い彼を連れて飛び乗った新幹線。進めるだけ進んだ先で降りた駅前のホテルで。
 二人で服を脱いで、マリアはケネディの「特殊な事情」を知って愕然としたものだ。
『どうしたのよ、それ……』
 初対面のケネディの幼い性器は陰嚢が欠落していた。どうやら傷跡らしき縫合痕があることからしても、それが後天的なものであることは明らかだった。
『……誘拐されるの、これで二度目なんです』
 頻繁に親しく交際しながら、マリアが知らなかった幼い少年の秘密と過去。
 彼を半去勢したのは実はマリアではなく、その最初の誘拐犯だったらしい。
 二年後の今では、その事件の際のトラウマの記憶などはすっかり封印されて表層の意識から忘却されている。しかも暗示のせいもあってか「マリアによる誘拐と初体験」と「最初の誘拐と去勢」の記憶がゴッチャになってしまっているようだ。それも情緒の安定を図る無意識の心理防衛なのだろう。
 ……マリアがあえて無理に記憶違いを完全に訂正しようとしないのは「執事のジョニーさん」と同じ事情による。たとえ指摘して一時的に修正してみたところで、数日後には「固定観念」に復帰して元の状態に戻ってしまっているのが常なのだ(さながらパソコンの障害復旧における「復帰ポイント」なんかを、誤って変な状態とタイミングのデータで設定してしまっているようなものだろうか)。
 あまり強引に記憶を客観的な正常に戻そうとすれば、フラッシュバックで気絶したり、ほとんど狂乱状態に陥ることまである始末。それでも記憶の混乱と錯誤・妄想が悪化しすぎるのを防ぐ上でたまに「釘を刺す」必要は感じていたし、苦し紛れでちょっとばかりショック療法みたいなことも試みてみることもしばしばだ(ただしマリア自身が境遇のストレスで、無自覚のヒステリーを起こしていることもあるので要注意である)。
 今にして冷静に考えて回想すれば、おそらくは逃避行の最初の時点でケネディの精神錯乱には綻びの「兆候」のようなものが多々あったのだ。しかし薄々は感づいていたものの、まさかここまで精神が芯から蝕まれているとは予想外だった。そもそもあの時分にはマリア自身が苦悩で頭がどうにかなりそうな瀬戸際だったのだから、そこまで気が廻らなかったのもやむをえない。
 どうしてケネディがされるがままに従い、旅の途上で両親のことを何も言おうとしなかったのかわからず、かえって困惑したりもしたものだ。もしもマリアへの慕情と性欲が親の死のショックを上回ったのだとしたら、常識的に考えれば少々まともではないかもしれない。だが、おそらくは理解したくもないような現実からの逃避でもあったのだろう。過度のストレスや心理抑圧への潜在意識的な防衛反応ゆえに、合理的にはありえないことをやってしまうのはよくある。ましてやケネディの場合には前々から精神のタガが弛んでいたのだから尚更だろう。
 とにかく弱り目に祟り目ではないけれども、ケネディの心に最後の致命的な決定打を加えてしまったのは、どうやらマリアだったらしい。
 ただマリアは、一面で少年を壊しただけでなく「特異な復活」の原因でもあった。
『だったら、私がやったとでも思いなさい。それで切られる前に、私と寝た経験があると思いなさい。教えてあげるから、大丈夫よ。……「思い出しなさい」、前に私とセックスしたときのことを……』
 諸々のショックに加えてマリアの愛情溢れるサポートが、ケネディの「男性」を不完全ながらも復活に導いたらしい。もしもあの日の一連の出来事がなかったとしたら、不運な少年は一生涯を性的不能として過ごすことになったのかもしれなかった。
 禍福は糾える縄の如し、人間何が幸運で何が不幸かなど、わかったものではない。
 あの晩にはまだ前途に待ち受ける苦難も知らず、未成年の二人は貪りあう動物のように交わったものだ。最初はマリアが上になって組み敷くようにして、それからコンドームもなしに何度交わったかも覚えていない。一晩で明け方近くまで何十回も達したはずだった。
 一晩中の性行為の途中でマリアが「いっぱい辛いことがあって、それであんなことをしてしまって。ごめんなさい」などと言うと、ケネディは無感動な面持ちで親指をしゃぶって「ボクのお父さん、悪い人だったんだね……」などと呟くのだった。
 マリアはそのときに上手く説明することができなかった。
 なにしろ自分でも思考や感情の整理がつかないままだったから、子供相手に複雑な背景を理解させるなど、どだい無理なのだ。
 だからあのときのマリアは「自分の失策で彼の両親を死なせてしまった」ことと、「あなたのお父さんにも深い事情があっただけなのだ」という二点だけを、どうにかちゃんと話すのが精一杯だった。そしてそれすらも、ちゃんと理解されたかはすこぶる怪しい。
 そんな具合だったから結局は言葉で足りるわけもなく、短絡的に身体でも重ねて慰めあうくらいしか思いつかなかった。ケネディだけでなく、マリアにとっても体験はとうにキャパシティの限界を超えていて、どうにか当面を生き延びる算段だけで手一杯、それ以外にはまともに物事を考えることすら困難なくらいの有様だったのだから。
 後に聞いた話によれば、父親がテレビ局で外国人ヤクザのための情報隠蔽に関与していたことが暴露したために、彼は学校で「国賊の子」としてしばらく酷いイジメにも遭っていたらしい(親の因果は子に報い、の典型だった)。さらには母親のことでも何かしらあったようだ。……それで最終的に彼はあのマリアと自分の父親との、最後の会話のやり取りを見聞きしていた印象から「自分の両親はとても悪い人間だったから、あんなふうに死んでしまっても自業自得だったのだ」とでも考えて、だから「マリアお姉ちゃんは悪くない」とでも彼なりに判断したものらしい(当時は十一歳の子供だったのだし)。
 その頃から芽生えた固定観念の数々は、二年後の今日までも、ケネディの性格や考え方に強烈な影響を残しているのだった。
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