メイドインダーク(マフィア令嬢と少年メイドのインモラル逃亡潜伏) ※長編・一括掲載(R指定)

 まだ日本にいた約二年ほど前の過去に、ケネディの父親の裏切り(密告リーク)で、勤務先のテレビ局でその上司だったマリアの叔父は警察に逮捕された(女子高生のマリアと幼いケネディが馴れ初めたのも、そのマリアの叔父とケネディの亡父の交際を介してなのだが)。そして裏社会でちょっとした頭目だったマリアの父も、「悪人の組合仲間たち」からその失策を咎められ、責任追及されて「制裁」で殺された(権力闘争の口実にされた面もあったのだろうが、とにかく通り魔を装った刺客のナイフで一刺しだったらしい)。それだけでなく、マリア自身も「その妾の子」として散々な目にあった(母が既に死んでいたのは、むしろのっけの幸いだったのかもしれない)。
 知らず騙されて連れ出された先、知っているビルの一室で、何が起きているのかわからないうちに大勢で犯された。あの日に「お仕置き」と称して彼女を嬲ったのは一人でなく、六・七人(もっと?)もいたはずだ。その中には前々からの顔見知り、父(その時点で死んでいた)の部下までいたのが流石にショックだった(普段の生活ではあまり顔を合わせなかった亡父から、しばしば「会合」で接待の余興のお酌係を命じられることがあり、それで目を付けられていたらしかった)。
 或る意味では、一般的な日本人による復讐や弾圧(せいぜい「割引した等価報復」でしかないだろう)以上に、むしろ「身内や同類によるハイエナ行為」や「裏切り合戦の共食い現象」こそが真の脅威だった。……一家の「資産」とやらの大部分は失ったらしいし、「本妻」の一家もかなり肩身の狭い立場に立たされたらしい(もっともマリアはロシア人の妾の子なので、父親と一緒に住んでいたわけではなかったし、予定されていた相続分のお裾分けなども全体からすればごく一部だけれど)。
 その後の一月ほどの間に、裏社会の有力者らしい三人ほどから「愛人見習いの試用テスト」などと言って、事あるごとに面白半分に陵辱されたものだ。
 しょせん「彼ら」父方の同胞の実力者たちの立場からすれば、マリアなどという「紅毛雑種の小娘」(と、父親の妾だった亡き母)は死んだチャチな小頭目の一人の「手慰みの所有物」という程度の認識でしかなかったのだろう。マリアの父親の「同胞」というのは、実は日本人とは別種で似て非なる外来の「残忍な大陸系アジア人」の一種で、特殊な民族性として血統差別や女性蔑視の価値観が徹底しており、たとえ白人やそれに近い人種であっても、しばしばロシア人(スラブ民族)や南米系のヒスパニックは見下されるそうだ(あるいはもしも、愛人稼業で元ホステスの亡き母親が日本人や中国人とかだったとしたら、こうまで興味本位で露骨に酷い扱いは受けなかったのかもしれないが……)。
 通っていた高校からは「他の生徒への諸々の悪影響を考慮して」退学を強要された。
 ほんの一週間ほど前にも「マリアってロシア国籍だから良いよね」「私も外人の彼氏欲しーなー」などと彼女を羨んでいたクラスの親しい友人が、授業中に突然に発狂状態になって惨事を招いたものだ。嫌っていた教師の一人に「アカの日教組のパシリがッ! ……自分が日本人で公務員だからって、急に掌返してほっかむってんじゃねーぞ、この包茎野郎! テメーは盗んだ生徒のブルマでも噛み締めて、沖縄の基地反対運動の大迷惑テント村でホームレスでもやってろよッ!」などと凄まじい夜叉のような形相で激しく罵倒してカッターナイフを投げつけた挙句に、当てつけるように飛び降り自殺したばかりだった。急に素行が乱れ始めて、危惧した教師から何度か注意を受けていたようだが……。
 錯乱してひとしきり叫び散らしてから、誰もが止める間もなく、学校の三階教室の窓から髪を振り乱して飛び降りてしまったのだ。マリアを含めてクラスの者たちは、亡くなったそのクラスメートの少女をてっきり日本人だとばかり思っていたのだが(本人は中国のクォーターなどと話していたことがあったが)、現実は(マリアの亡父と同じ民族の)特定アジア国家の三世だったらしく、「祖国」への強制送還を死ぬほど恐れていたようだ。狂気で目を血走らせた錯乱振りと常軌を逸したあの日の言動は二年も経った今でも、多くの元同級生たちの頭の片隅に鮮明な記憶として残っているだろう。
 おまけに一連の「公開自殺騒動」の途中で、マリアのことを指差して「ロシア人の売女の二世のくせにッ! ヤクザの親父さんのための枕接待で親子丼で何十人と寝たんだよッ!」「知ってんのよぉー、親父さんが死んだからって、あんたがさっそく他のパパ漁って枕営業で相手構わず春売って寝まくってること……」などと、半分くらい真実(?)の暴露までやらかしてくれたから、なおいっそうに悲惨だった(学校にいられなくなった直接原因の一つだわけだが、何故彼女に話した覚えもないのに、マリアの不遇な最新事情の裏話まで聞き及んでいたのかは不明)。
 なにしろ時勢が時勢だった。
 たとえばスパイ容疑と共謀罪で遠からず逮捕確実な新聞記者の男たち八名が、職場の新聞社に猟銃を持って押し入って篭城中だとか(多くの新聞社と同様に、とっくに「押し紙」詐欺の追及訴訟で倒産寸前らしかったが)。……人質になった元同僚の日本人記者・職員らはとっくに六十七・八人も殺されたらしいが、日本国民一般の多くからは「しょせんは狼少年の末路の自業自得なのではないか」などと冷ややかな態度と反応で、警察や自衛隊も「国際的な捕獲・強制送還作戦」で忙しいこともあってか(他国との連携課題であるので優先度が高い)、悠長に構えて推移を見守って(わざと放置されて)いるようだ。なにしろ一部のテレビ局やラジオ局などは、強行突入班で武力掃討されたり、ビルごと爆破されたことまであるほどなのだ(はたして何割の構成員が敵性外国人だったのかは不明ながら、偏向報道や虚偽報道を散々に繰り返してきた関係上、もはや社会通念上「情報テロリスト」としか見做されていない)。
 他にも国籍国に強制送還されそうになった三世(外国籍)の少女タレントがプロデューサーたちに接待の裏宴会で毒を盛っただの(常日頃からの恨みも相当にあったらしい)、土壇場で結婚を拒否されたアジア系女性アナウンサーが、元交際相手の日本人(混血か帰化二世?)の男性とその婚約者のデート中に現れて火炎瓶を投げつけただの。地方自治体の県知事や市長などもしばしば「外患罪」とやらで告発されて死刑やら懲役やらになっている。そんなクレイジーな話題ばかり(事の是非はともかくとして)。
 虚構の平穏が破れ、形而上学的な真実の相が顕現したのであろうか?
 黒いカオス(混沌)のカーニバルな世の中よ!
 個人レベルの不幸に加えて、暴露ブログ『余命三年時事日記』(※フィクションではなくリアルで実在する!)に端を発した「革命と動乱と大粛清」の世相の余波もあってか、マリアもきっと頭が少しおかしくなっていたのだ。
 ただ、幸か不幸か、母の従姉にあたる人がロシアンマフィアのちょっとした有力者とコネクションを持っていた(子供の頃からの顔見知りでしばしばお店にも買い物に行っていた、台湾人の商売人が半分ちょっとの純粋な同情と、さらには商売人としての営業も兼ねてこっそり連絡してくれたらしい)。それで遠縁ながらも血が繋がっている娘(マリア)が常軌を逸した悲惨な窮状に陥っていることを聞きつけて、その「小母さん」が手を廻し、あの最悪の環境を逃れるための手助けをしてくれたのだった(たとえ半分でもロシア系で本当に良かった! 国籍も一応は母方のロシアになっているし……)。
 そのまま日本国内か海外のどこか安全に落ち着ける場所に移れば、事は全て丸く収まっただろう。けれどもそうならなかったのは、時の巡り合わせの偶然と、彼女自身の愚かしさのせいだった。
 ふと、「本妻」の家の方がどうなっているか、気に懸かったのだ(それが運の尽きだった)。
 ほんの少しだけ様子を見るだけのつもりだったけれど(元々から仲が良かったわけでもなく、相互に無関心で没交渉というのが実際だったので)、何度か会合の「余興」で「お酌」などに呼び出されたことのある屋敷の前をさりげなく通ろうとして、アッと目を疑った。
 玄関の門やブロック塀には、大量の落書きやゴミ。
 どうやらヤクザの世帯主(マリアの亡父でもある)が死んだこともあって「歯止め」がなくなったらしく、隣人たちからいかに嫌われていたかという現実がとめどなく溢れ出していた。
 亡父は「通名(外国人に法的に許可された通称名)」などで出自や血統と国籍を事実上詐称していただけでなく、それを悪用してヤクザとして悪行を重ねたのだから、日本人たちから憎悪されていたのも仕方がないといえば仕方がないだろう。……そんなことはマリアだって重々承知しているし、もしも単純に「それだけ」だったとしたら、あんな乱暴や凶行にまで及ぶようなことはなかったなかったのかもしれない。
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