メイドインダーク(マフィア令嬢と少年メイドのインモラル逃亡潜伏) ※長編・一括掲載(R指定)
不運だったのは「テレビ局の特別取材班」などと鉢合わせしてしまったことだった。
諦観混じりに嘆息しつつ、顔を会わせるのも面倒だしとりあえず置手紙にメモでもポストに突っ込んでその場を離れようか、などと逡巡していたまさにそのときだった。テレビ局のワゴン車が来た。停車する気配を察して「まさか」とは思いつつも、少し離れて様子を窺っていたところ、厭らしいことに案の定だったのだ。
そいつらは面白半分に門を叩いて叫び散らしながら、ピンポンを無作法に何十回もしつこく連打しまくり、とうとう「本妻」のまだ若い未亡人(二人目の後妻?)を引っ張り出して、執拗で心無い「取材と質問」でとうとう土下座謝罪までさせたのだから。
これがまだ、もしも役目上「取り締まるのが職務」である警察による正当な身柄拘束とか、不逞外国人に怒りを抱いて当然の日本人たちの抗議とかだったら、まだ「さもありなん」と諦観して放置したかもしれないけれども。……テレビだの新聞だのの、マスコミ業界人の多くは、たとえ日本人だったとしても、マリアの逮捕された叔父などと一緒に確信犯で、散々日本の世の中に情報操作や偏向報道や隠蔽をやらかしたような連中なのに、そ知らぬ顔で日和見・風見鶏を決め込もうとしているのが一等に癪に障った。
いずれにせよ、無性に腹が立ったし、見て見ぬ振りするのもなんだか薄情な気がした。
けっして「本妻」一家とは仲が良かったわけではないけれども、それでもあの屋敷にはまだ小学校低学年の、半分だけとはいえ血が繋がった「異母妹」もいるのだし。「性悪女」などと感じてあまり生理的・心情的に好いていなかった未亡人さえもが、やつれた感じで気の毒にさえ思えたし。このときの「テレビ局取材班」の性悪過ぎる卑怯さ・横暴さにばかりは、いくらなんでも胸が悪くなって虫唾が走ったから……。
なんでこんな「元・プロの売国奴」の日本人まで、チャッカリと迫害や弾劾・弾圧する側に廻っているのかと。……自分たち自身の断罪・追及逃れの「親日派・愛国派のアリバイ」工作として同胞の手頃で不運な者を生贄にしようとしたような、素性偽装の外国籍や帰化人の可能性もあったけれども、それならそれで別の意味で最悪だっただろう。
だから、自分を抑えられなくなってしまったのだ。
黙ってツカツカと歩み寄って、テレビカメラをいきなり無理やり奪いとって、地面のアスファルトに思いっきり叩きつけてやった。それから取材用のワゴン車を思いっきり蹴飛ばして、スライドドアをへこませてやったのだ(これもロシア女の母譲りの遺伝子なのか、百七十近い身長があって、女としては小柄でなく腕力も強い方なのだろう)。
たぶんマリアの頭の最後の螺子が決定的に弛んだのは、おそらくはそのときだったのかもしれない。さらには不幸にも不用意な悲劇の予兆を自覚できず、感傷から無意味で余計な行動を取ったのが致命的な結果を招くことになった。
ケネディ(本名は丸子恵)とは幼馴染みたいなもので仲も良かったから、お別れくらいは言いたかったし(可愛らしい年下の男の子から、本人自身は密かなつもりの恋心を寄せられて、あながち悪い気もしなかった)、ついでに叔父さんを売った彼の父親(テレビ局で部下だったらしい)の妻である小母さんにも、一言くらいは気の利いた皮肉でも言ってから、笑ってお別れしたかったのだ。
だから情緒不安定で「朦朧としながら」も、わざわざ訊ねて行ったのに。これは比喩でも何でもなく、本当に『罪と罰』のラスコーリニコフ(強盗殺人をやった主人公の学生)の熱病さながらの、相当に曖昧で正常な判断力を狂わせられるような精神状態だった。
しかもその日には不幸にして意外にも、ケネディのパパが何故か休暇で在宅していた。あとで大まかに事情を知ったところでは、社会的なストレスで胃潰瘍だったらしい。
そこで悪い冗談のような、到底洒落にならないような一悶着があった。
あまりにも大真面目にあからさまに拒絶されて、マリアは酷く感情が傷ついたものだ。
あくまでも自分は被害者なのだと、別に聞いてもいないのにまくし立てて強弁する姿に呆れ果てた。……つまりケネディの父親の言によれば、自分の家族を養うために職を失うわけにはいかず、そのためには心ならずも不正で卑劣な似非日本人の上司(つまりマリアの叔父)の言いなりになるしかなかった。内心で深く恨んでいたが、ついに時勢が熟したので警察に知っている限りの情報を流して、日本の愛国者としての義務を果たしたのだと(実際にマリアの叔父はヤクザの暴力などをバックにして横暴で、自分に反抗的な者や気に食わない者はドンドン左遷やクビにするのが当たり前だったらしいし、機嫌が悪いときなどは日常的に部下を罵倒したり殴りつけることまでやっていたそうだが)。
マリアは痛烈な皮肉を込めて「日和見しながら甘い汁吸ってただけの、隠れた売国奴の一種なんじゃないですか?」などと、少々腹を立てながら素朴な疑問を投げかけてやった。
するとケネディのパパは真っ赤になって顔を顰めて硬直し、ついには突然に狂乱して「母さん、警察を呼べ!」「ヤクザの娘が仕返しに来た!」などとヒステリックに金切り声で叫びだしやがったので(ツッコミが図星過ぎたか?)。
いくら諸般の事情があるとはいえ、もろに「ヤクザの娘が」などと親しかったはずの顔見知りからあからさまに罵られて(事実として、外人ヤクザの組長の婚外子なのだが……)、さすがに気分が良いわけがない。別に「助けてくれ」とまで頼む気もないけれども、別れの挨拶に来ただけであんまりな仕打ちだった。
それで黙らせようとして「念のために」鞄に所持していた拳銃(トカレフ)をつい抜いてしまったのだ。
無論のこと「女子高生の拳銃所持」なんて時点で尋常ではないし、明らかに違法行為なんだけれども、その時の精神状態を考えれば理由がないわけでもない。なにせ、その一ヶ月くらいで極限まで追い詰められていた。また再び拉致まがいの肉体関係強要で理不尽に輪姦されたりするくらいならば(今度こそ口封じ等で強姦ついでに殺される危険さえも皆無ではないのだし)、いっそ自分が死ぬか相手を撃ち殺すかしたほうが良いなどと思いつめていたのだ。それでも、そんなものを持ち歩いていたのがやっぱり「間違いの元」だったのかもしれない……。
極めつけは土下座での「弱者なんですよ~、無力なんですよ~」という、ケネディのパパのあまりにも卑屈で姑息な命乞いと無責任極まりない言い草だった。まるで現代の日本人の小市民的で嫌な側面、いわゆる「謙虚で分際を弁えた善人面」しながら、決断の「責任」も「覚悟」も「業」も全部巧みに回避するような厭らしさを集約したような……。
生まれたときから否応なく、良かれ悪しかれ「業」と共に生きてきたマリアからすれば嫌悪と蔑みしか湧かない。外国籍の特権被差別者の立場や付随する利権に甘えているような父方の「同胞」にも不愉快さや嫌悪感を感じていたから、どうにかして抜け出そうと思って、適当に距離をとりながら真面目に勉強していたのだが……ついに自己自身が負の連鎖から逃れられなかったことをも、ついでの無慈悲に悟らされる羽目にもなる。
万事全方位で失望と不快指数がMAXの、えもいわれぬ「絶望」だった。
それで、パン!
ごく自然な流れで引き金を引き、ひれ伏した後頭部に風穴を開けてしまっていた。ケネディのパパ(叔父さんの元同僚で部下)は、赤い水溜りに顔をつけて動かなくなった。
それからチラと階段を見ると、小母さんが携帯電話で通報しようとしていた。
だから、パン!
そのとき視界が一瞬だけ滲んだのは、やっぱり泣きそうになってたせいだろうか?
怒りというよりはむしろ哀しくて惨めで情けなかった。
最後に奥からケネディ(当時は十一歳)が怯えた顔で現れた。
その瞬間にマリアはようやく自分がやってしまったことの意味と重大さにハッキリ気がついたのだが、それは更なる狂気と暴走を誘発する呼び水にしかならなかったのだ。
第一にマリアだって、まさか自分が「やらかす」とは直前まで夢にも思っていなかった。
なにせ混血ハーフで国籍からしてロシア人なのだし(父方の国籍は幼少時に放棄・抹消していた)、学校でも概ね優等生の部類で特に問題を起こしたこともない。それまで特に非行で補導された経験や犯罪暦があるわけでもなかった。だから大人しくしてさえいれば、お目こぼしで大過なく助かる可能性も高かっただろう。
けれどもそうはならなかったのが、マリアの人生と運命の痛烈な皮肉。
さながら「神の悪意」の如き、破滅のドミノ倒しのような連鎖と因果が「今現在のまぎれもない現実」に結実している。こんな仮初の小康状態でどうにか生存していることには、逆に「奇跡」すら感じてしまう。そしてそのことがかえって気力を支える「暗黙の確信」のようなものになっているのは本当に摩訶不思議なことでもあった。
諦観混じりに嘆息しつつ、顔を会わせるのも面倒だしとりあえず置手紙にメモでもポストに突っ込んでその場を離れようか、などと逡巡していたまさにそのときだった。テレビ局のワゴン車が来た。停車する気配を察して「まさか」とは思いつつも、少し離れて様子を窺っていたところ、厭らしいことに案の定だったのだ。
そいつらは面白半分に門を叩いて叫び散らしながら、ピンポンを無作法に何十回もしつこく連打しまくり、とうとう「本妻」のまだ若い未亡人(二人目の後妻?)を引っ張り出して、執拗で心無い「取材と質問」でとうとう土下座謝罪までさせたのだから。
これがまだ、もしも役目上「取り締まるのが職務」である警察による正当な身柄拘束とか、不逞外国人に怒りを抱いて当然の日本人たちの抗議とかだったら、まだ「さもありなん」と諦観して放置したかもしれないけれども。……テレビだの新聞だのの、マスコミ業界人の多くは、たとえ日本人だったとしても、マリアの逮捕された叔父などと一緒に確信犯で、散々日本の世の中に情報操作や偏向報道や隠蔽をやらかしたような連中なのに、そ知らぬ顔で日和見・風見鶏を決め込もうとしているのが一等に癪に障った。
いずれにせよ、無性に腹が立ったし、見て見ぬ振りするのもなんだか薄情な気がした。
けっして「本妻」一家とは仲が良かったわけではないけれども、それでもあの屋敷にはまだ小学校低学年の、半分だけとはいえ血が繋がった「異母妹」もいるのだし。「性悪女」などと感じてあまり生理的・心情的に好いていなかった未亡人さえもが、やつれた感じで気の毒にさえ思えたし。このときの「テレビ局取材班」の性悪過ぎる卑怯さ・横暴さにばかりは、いくらなんでも胸が悪くなって虫唾が走ったから……。
なんでこんな「元・プロの売国奴」の日本人まで、チャッカリと迫害や弾劾・弾圧する側に廻っているのかと。……自分たち自身の断罪・追及逃れの「親日派・愛国派のアリバイ」工作として同胞の手頃で不運な者を生贄にしようとしたような、素性偽装の外国籍や帰化人の可能性もあったけれども、それならそれで別の意味で最悪だっただろう。
だから、自分を抑えられなくなってしまったのだ。
黙ってツカツカと歩み寄って、テレビカメラをいきなり無理やり奪いとって、地面のアスファルトに思いっきり叩きつけてやった。それから取材用のワゴン車を思いっきり蹴飛ばして、スライドドアをへこませてやったのだ(これもロシア女の母譲りの遺伝子なのか、百七十近い身長があって、女としては小柄でなく腕力も強い方なのだろう)。
たぶんマリアの頭の最後の螺子が決定的に弛んだのは、おそらくはそのときだったのかもしれない。さらには不幸にも不用意な悲劇の予兆を自覚できず、感傷から無意味で余計な行動を取ったのが致命的な結果を招くことになった。
ケネディ(本名は丸子恵)とは幼馴染みたいなもので仲も良かったから、お別れくらいは言いたかったし(可愛らしい年下の男の子から、本人自身は密かなつもりの恋心を寄せられて、あながち悪い気もしなかった)、ついでに叔父さんを売った彼の父親(テレビ局で部下だったらしい)の妻である小母さんにも、一言くらいは気の利いた皮肉でも言ってから、笑ってお別れしたかったのだ。
だから情緒不安定で「朦朧としながら」も、わざわざ訊ねて行ったのに。これは比喩でも何でもなく、本当に『罪と罰』のラスコーリニコフ(強盗殺人をやった主人公の学生)の熱病さながらの、相当に曖昧で正常な判断力を狂わせられるような精神状態だった。
しかもその日には不幸にして意外にも、ケネディのパパが何故か休暇で在宅していた。あとで大まかに事情を知ったところでは、社会的なストレスで胃潰瘍だったらしい。
そこで悪い冗談のような、到底洒落にならないような一悶着があった。
あまりにも大真面目にあからさまに拒絶されて、マリアは酷く感情が傷ついたものだ。
あくまでも自分は被害者なのだと、別に聞いてもいないのにまくし立てて強弁する姿に呆れ果てた。……つまりケネディの父親の言によれば、自分の家族を養うために職を失うわけにはいかず、そのためには心ならずも不正で卑劣な似非日本人の上司(つまりマリアの叔父)の言いなりになるしかなかった。内心で深く恨んでいたが、ついに時勢が熟したので警察に知っている限りの情報を流して、日本の愛国者としての義務を果たしたのだと(実際にマリアの叔父はヤクザの暴力などをバックにして横暴で、自分に反抗的な者や気に食わない者はドンドン左遷やクビにするのが当たり前だったらしいし、機嫌が悪いときなどは日常的に部下を罵倒したり殴りつけることまでやっていたそうだが)。
マリアは痛烈な皮肉を込めて「日和見しながら甘い汁吸ってただけの、隠れた売国奴の一種なんじゃないですか?」などと、少々腹を立てながら素朴な疑問を投げかけてやった。
するとケネディのパパは真っ赤になって顔を顰めて硬直し、ついには突然に狂乱して「母さん、警察を呼べ!」「ヤクザの娘が仕返しに来た!」などとヒステリックに金切り声で叫びだしやがったので(ツッコミが図星過ぎたか?)。
いくら諸般の事情があるとはいえ、もろに「ヤクザの娘が」などと親しかったはずの顔見知りからあからさまに罵られて(事実として、外人ヤクザの組長の婚外子なのだが……)、さすがに気分が良いわけがない。別に「助けてくれ」とまで頼む気もないけれども、別れの挨拶に来ただけであんまりな仕打ちだった。
それで黙らせようとして「念のために」鞄に所持していた拳銃(トカレフ)をつい抜いてしまったのだ。
無論のこと「女子高生の拳銃所持」なんて時点で尋常ではないし、明らかに違法行為なんだけれども、その時の精神状態を考えれば理由がないわけでもない。なにせ、その一ヶ月くらいで極限まで追い詰められていた。また再び拉致まがいの肉体関係強要で理不尽に輪姦されたりするくらいならば(今度こそ口封じ等で強姦ついでに殺される危険さえも皆無ではないのだし)、いっそ自分が死ぬか相手を撃ち殺すかしたほうが良いなどと思いつめていたのだ。それでも、そんなものを持ち歩いていたのがやっぱり「間違いの元」だったのかもしれない……。
極めつけは土下座での「弱者なんですよ~、無力なんですよ~」という、ケネディのパパのあまりにも卑屈で姑息な命乞いと無責任極まりない言い草だった。まるで現代の日本人の小市民的で嫌な側面、いわゆる「謙虚で分際を弁えた善人面」しながら、決断の「責任」も「覚悟」も「業」も全部巧みに回避するような厭らしさを集約したような……。
生まれたときから否応なく、良かれ悪しかれ「業」と共に生きてきたマリアからすれば嫌悪と蔑みしか湧かない。外国籍の特権被差別者の立場や付随する利権に甘えているような父方の「同胞」にも不愉快さや嫌悪感を感じていたから、どうにかして抜け出そうと思って、適当に距離をとりながら真面目に勉強していたのだが……ついに自己自身が負の連鎖から逃れられなかったことをも、ついでの無慈悲に悟らされる羽目にもなる。
万事全方位で失望と不快指数がMAXの、えもいわれぬ「絶望」だった。
それで、パン!
ごく自然な流れで引き金を引き、ひれ伏した後頭部に風穴を開けてしまっていた。ケネディのパパ(叔父さんの元同僚で部下)は、赤い水溜りに顔をつけて動かなくなった。
それからチラと階段を見ると、小母さんが携帯電話で通報しようとしていた。
だから、パン!
そのとき視界が一瞬だけ滲んだのは、やっぱり泣きそうになってたせいだろうか?
怒りというよりはむしろ哀しくて惨めで情けなかった。
最後に奥からケネディ(当時は十一歳)が怯えた顔で現れた。
その瞬間にマリアはようやく自分がやってしまったことの意味と重大さにハッキリ気がついたのだが、それは更なる狂気と暴走を誘発する呼び水にしかならなかったのだ。
第一にマリアだって、まさか自分が「やらかす」とは直前まで夢にも思っていなかった。
なにせ混血ハーフで国籍からしてロシア人なのだし(父方の国籍は幼少時に放棄・抹消していた)、学校でも概ね優等生の部類で特に問題を起こしたこともない。それまで特に非行で補導された経験や犯罪暦があるわけでもなかった。だから大人しくしてさえいれば、お目こぼしで大過なく助かる可能性も高かっただろう。
けれどもそうはならなかったのが、マリアの人生と運命の痛烈な皮肉。
さながら「神の悪意」の如き、破滅のドミノ倒しのような連鎖と因果が「今現在のまぎれもない現実」に結実している。こんな仮初の小康状態でどうにか生存していることには、逆に「奇跡」すら感じてしまう。そしてそのことがかえって気力を支える「暗黙の確信」のようなものになっているのは本当に摩訶不思議なことでもあった。