メイドインダーク(マフィア令嬢と少年メイドのインモラル逃亡潜伏) ※長編・一括掲載(R指定)

 昼食は買い置きのロールパンとインスタントスープで手早く済ませた。
 さすがにゆっくり料理をするような気分ではなかったから。
 それからとりあえずは恒例の習慣となっている「昼間の日課」を、多少なりともこなすことにする。居間のテーブルで斜めに座り、ケネディは課題の印刷プリントを解く。マリアはドイツ語の本を辞書を引いて読み進めつつ、二・三枚ほど採点した。
 若い割には自制心や自律心が旺盛な方である二人が、どうにかこうにか正気を保っていられたのは、昼下がりの三時ごろまでの僅か二時間程度だった。
 マリアという娘はいわゆる、典型的に「優秀なS女」のタイプだ。勝気で自発的な性格でいつも主導権をとりたがる女王様気質の反面、自分に従順で忠実な者には優しく面倒見が良いところがあるし、芯の強い努力家でもある(この二年間の異常な生活が破綻しなかったのは、彼女の自律心や克己心の強さが最大の理由なのだろう)。ゆえに根の性格が「謙虚な真面目君」で、リーダー気質の誰かに引っ張って貰いたがるケネディとは基本的にかなり相性が良い。
 けれども昨日のアナル処女強奪事件と、ケネディの封じられた記憶と魂の覚醒が、二人の関係に奇妙な反転をもたらしているようだった。彼が自分に忠実で従順なだけでなく 期待にも応える「優良なM男」の資質が高いのを、マリアはこれまでの協同生活で知っているから、好意や愛情はただでさえ不動の最高点。さらには唐突に示されたアクティブな一面のせいで、なんだか負けたような悔しさと新鮮なときめきが内面の甘い動揺を誘う。
 横顔をチラチラ盗み見る度に、キュンとした甘い鼓動が昂ぶる。
 下腹の奥がムラッとざわめくようで落ち着かなくなり、ついテーブルの下で膝を擦り合わせてしまう。朝の騒ぎで汚したワンピースから穿き替えたジーンズで、厳重に守られた下着の中が蒸れるみたいにだんだん湿ってきてしまっていた。
(私って、こんなマゾッ気もあったっんだっけ……?)
 マリアは昨日や今朝方のようなケネディからの「蹂躙」行為を、心のどこかで期待してしまっていることに驚く。誰にでもというわけでなく(日本から逃げる直前の時期の陵辱体験などは論外)、自分が相手次第では自分もそんな珍しい欲望を抱くこともあるらしいことに少し戸惑っているのだった。
 それから気になることがもう一つ。
 ケネディのメイド服のスカート、昼食の前頃からずっと股間の部分がグッと勃起で持ち上がっているのだ。まるでベールを被った神秘の一角獣の角みたいに。
 本人は黙ってそ知らぬような顔をしていたし、マリアだってわざと気づいていない振りをして無視していたけれども。暗黙の了解だった。
「ねえ」
 マリアは上ずりそうになる声で話しかけた。なんだか甘えた牝猫の鳴くような響きだと自分で察して、ほのかに首筋に火照るものを感じながら。
「……お昼寝でも、しよっか?」
 数秒の間を置いて、ケネディが静かに返事をした。
「四時過ぎまでで勉強が一区切りですから、それから今夜は僕が夕飯を作ります。最低限でも規則正しい生活習慣は大事なんだって、マリアさまもいつも言ってますよね?」
 まさかの拒否?
 口調こそやんわりとしていたけれども、却下されたことに変わりはない。
 しかも普段に自分が言い聞かせていた方針であるだけに反論できない。
(わざとやってる? 意地悪してる?)
 マリアは目を白黒させたが、それでも無理強いする気にもなれず、一人で悶々とする。
 やがて時計が夕方の四時を過ぎると、ケネディは無言で立ち上がって、居間の端にあるキッチンスペースに向かう。
「夕飯、ほんとに簡単なので良いからね」
「ええ」
「……っ!」
 マリアは盗み見て、ゴクリと息を呑んだ。
 横を通ったケネディは、やっぱりスカートから「角」を押し上げていたからだ。
(は? 嘘、やだっ! ずっと勃起してたの……? だったら、どうして……)
 そこでマリアはケネディの心中を推し量ってみる。そして苦笑するしかなくなる。だって元がマゾ気質な上に、新たにサディスティックな愉悦にまでも目覚めたケネディからすれば、むしろ自分が「耐える」のも相手を「焦らす」のも、両方ともがけっこう楽しみなのかもしれなかった。まったく、性質が悪いことこの上もない。
 こうなってしまうと、どうやら「我慢の耐久レース」でも挑まれているようで後に引けなくなってくる。マリアだって自制心はそれなりにある方だったけれども、今回ばかりは少々分が悪い勝負のように感じなくもない。
(ううぅ……味なマネを……!)
 マリアは「お預け」をくった刹那さと口惜しさで悩ましい吐息を漏らし、自分も立ち上がってソファに身を投げた。何をする気力もなかったけれども、見栄っ張りなのでわざと余裕とくつろぎの態度を装う。それでもジーンズの中が蒸れてヌメるようだった。いっそトイレかどこかで少し「処理」することも考えたが、なんだか負けた気がするのが嫌なので我慢した。
 食事の支度が出来るまでの一時間近くが「生殺し女の生き地獄」だった。
 途中で飲み物をとりにキッチンスペースに行き、ミネラルウォーターを冷蔵庫から出してごく少ない目に注ぐついででコッソリ窺う。
 シチューを煮るケネディはすまし顔で、相も変わらず「角」をおっ立てていた。小憎らしくて少し睨むと、目が合って表情を殺した眼差しで射られるばかり。
「アンタって、意地っ張りなのは反抗期なの?」
「そうですか?」
「それと、ポーカーフェイスとか得意だったっけ?」
「さあ?」
 ケネディに動揺の色はなく、落ち着き払った物腰であしらわれてしまう。
 見透かされたマリアは、自分が飢えた牝の切羽詰った顔をしているのが悔しいけれども、あからさまに白状したり認めたりするのはもっと口惜しい。だからジットリ汗ばみながら、どうにか視線を逸らす。
 またソファに戻ってさらに二十分。
 マリアはとっくに悔しいほどに濡れていた。ジーンズの股の部分の色までが、なんだかちょっと変色しているようで情けない。
 ケネディがテーブルに二人分のシチューとパンを運んでくる。
「ちょっと早いですけど、ご飯にしましょう」
「そうね……」
 まだ五時だから、通常よりも早いお夕食ということになる。もっとも昼のご飯が申し訳程度の簡素なものだったから、そのバランスを考えれば逆に妥当なのかもしれなかったが。
「いただきます」
 食べている間に何度か、テーブルで向かい合った空中で視線が絡み合った。
 ケネディもここまでくると興奮していることが見て取れる。
 ビーフシチューを食べ終わる頃に、マリアがさりげなさを装って口を切る。
「お風呂」
「はい」
「お湯を張る前に、ちょっとお願い出来るかしら?」
「何を?」
 しばしの間の後でマリアはほぅっと息を吐いて言った。
「私が人生で初めて、男の人にして貰いたいこと」
 アンタでも、男の子でもなく、男の人。
 言葉には自覚なくとも潜在的な心理が反映するのかもしれなかった。
 そのことを敏くも察したのだろうか、ケネディはちょっとだけ誇らしげに面差しを和ませた。マリアは威厳を取り繕うようにコホンと咳払いするけれども、こんなタイミングではかえって変でわざとらしい。
「もちろんです。ですけど、食べてすぐにお風呂とかは消化に悪くないですか?」
 まるで嬲るような引き伸ばし方。けれども少年の興味は顔色に怖いほど表れている。
 マリアは妖しげに苦汁の微笑を浮かべ、努めて冷静に言う。
「そうね。でも、お風呂に入る前に出来ることよ」
「……何をするんです?」
 ケネディはマリアの真意が読めないのだろう。
 年上の女主人は僅かに声音に勝利感を滲ませ、繰り返すように告げるのだった。
「後で話すわ。私の『初めて』を、もう一つアナタにあげるの」
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