メイドインダーク(マフィア令嬢と少年メイドのインモラル逃亡潜伏)

第四話:エピローグ(表)「執事マルコの誕生」


「ほほう、見違えたじゃないか!」
 およそ四ヶ月ぶりに定期健診と見舞いに来てくれた黒人医師のジョニー先生は、執事服めいた格好のケネディに明るい眼差しで賛嘆の声を漏らした。
 現在のケネディの姿かたちは、白いシャツに大人しいめのネクタイとベスト、ズボン。
 元が中性的で端麗な容貌だからまことに様になった少年執事の風情である。
(これもマリアさまが、色々と「男にしてくれた」おかげなんです!)
 ケネディは一瞬口に出そうとして、思い留まってわざと言葉にしなかった。あんまりプライベートすぎることをベラベラ喋るのは無作法というものだし、マリアさまの(アナル)処女を奪ってしまったことなどは二人だけの内緒の秘密なのだから。
 記憶とメンタリティと「男性機能(の貴重な一部)」が回復した翌日、マリアの「どんなお祝いが良いか」という質問へのリクエストが「執事の服」だった。
 おそらくはケネディがジョニー先生をずっと「執事」だなどと甚だしく記憶錯誤していたのも、おそらくは彼自身の潜在的な願望の投影だったのだろう。カッコ良くてマリア様を守れるような、理想のポジションと実力を求めていたのだ。
 そして彼はメイドのケネディちゃんの双子の兄、「マルコ・ケネディ」として執事デビューを果たしたのだった(マリアも乗り気だったからその週の内に買い物ついでに服屋に寄って、二・三着ほど男の子用の洋服を購入してきてくれた)。
 ちなみに「マルコ」という新しいファーストネームは(これまでは姓も苗字も区別なく、単に「ケネディ」だけだった)、本名の苗字の「丸子」に由来する命名である。……なんだか日本語のヤラシー言葉(ま*こ)に発音が似ているから微妙だと言ったら、マリアさまから頬を両側からムニュッと引っぱられて「どの口で言うか、アンタってやっぱりヤラシー子ねえ!」と大笑いされ、ついでに「昔の大旅行家のマルコ・ポーロにでもあやかって、縁起でも担いどきなさいよ」などと言いくるめられて、簡単に納得してしまった経緯がある(マリアさま、なんだか確信犯じゃありませんか?)。
「ジョブチェンジしたってことか」
「そんなところなんです。表向きはメイドのときの『双子の兄』っていう設定で」
「なるほど、気が効いてるな……」
 ジョニー先生はおかしそうに頷く。
 たしかに「これまで女装してました」では本人もバツが悪いだろうし、普段に出入りする近隣社会の周囲からも奇異の目で見られて悪目立ちするだろう(ついでにマリアも趣味を疑われかねないし、逃亡生活の上でのこれまでの「変装」が逆効果になってしまう)。だったら「双子ですが別の人間です、妹と交代しました」の方が、ずっとやり易いに違いない。仮にたとえ半分くらいバレていたとしても適当な建前があるだけで、物事はずいぶん円滑にいくものなのだ。
「そういえば、ずっと、勘違いしてて。先生のことを執事さんだと思ってたんですよ」
 マルコ・ケネディは自分でもさもおかしそうに告白する。
 ジョニー先生はチョコレート色の頬に微笑ましく皺を寄せた。
「ああ、そうだったな」
「それで色々トンチンカンを……」
 楽しげに話すケネディ。たぶん脳裏でキラキラした思い出が駆け巡るのだろう。
 ジョニー先生はくすくす笑って、温和な眼差しで頷き応えていた。
 それから一・二時間ほど一緒にお茶を飲んで、潜水艦の冒険小説やSFアクション映画だの、スポーツだのの話をした。その間に部屋の主のマリアは、あえてほとんど口を挟まずに、黙って傍で二人の会話を聞いていた。それはケネディに有意義な教養で、いかに愛してもマリアだけでは与えられない「男の子としてのミネラル分」でもあるのだから、あえて「貴重な特別授業の時間」に水を差したくなかったのだ。
 愉快げなジョニー先生は立ち上がってステップを踏み、フックとストレートのパンチの連携攻撃のやり方のコツを教示して、生徒のマルコ・ケネディはそれを熱心に聴いていた。
「フックのときの横の回転の動きは、こんな風に肘撃ちにも応用できてな……今度来たときにはキックでも教えてやるから、ストレッチで足の筋を伸ばしとくことだな」
 夕方、黒人医師は週に一回飲む、あまり強すぎない成長ホルモンの錠剤と四・五冊の日本語の本を置き土産にして帰って行った(不完全ながら遅まきの「精通」らしきものがあったことを告げると、ジョニー先生は何故か「絶対に口外しないように」と大真面目な顔で命じ、あとで避妊効果のある薬なども送ってくれると提案してくれた)。その書物の中に『シャーロックホームズ』が二冊ほどあったところをみると、前回に会ったときにケネディが同じ著者の探偵シリーズを読んでいて、その話をしたことを覚えていたのだろう。
 後でマリアが感想を聞いたところ、どうやら「黄色い顔」という心温まる小話が、ケネディの一番のお気に入りになったようだった。
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