メイドインダーク(マフィア令嬢と少年メイドのインモラル逃亡潜伏) ※長編・一括掲載(R指定)
3
白衣の科学者たちが細胞や遺伝子の研究に勤しむ中で、一人の黒人の科学者が「生体標本」のカプセルの前で足を止める。
「ジョニー」
眼鏡の東洋人の同僚が、大柄な黒人の科学者に声をかける。
「それ、今日の実験か何かで使うのかい?」
目線はカプセルの中の、一対の鶉の卵のような肉片に注がれている。
それは睾丸だった。繋がれた細いチューブからは、どうやら定期的に精液が採取できるようになっているようだった。
あの「ジョニー先生」は頭を振った。並んで立つと体格の良さが際立つ。
……昨日まで日差しの強い南国に、半分趣味の旅行の行っていたらしいが。
「いや。昔のことを思い出しただけだ」
「君がアッチと交渉して引っ張ってきたマテリアル(研究素材)だったか?」
眼鏡の同僚は思い至った様子で頷く。そしてカプセルの睾丸を指差して訊ねる。
「これ。元の持ち主はまだ生きてるとか?」
「ああ、別の遠い国でな。……とりあえずは預かり主とそこそこ上手くやってるみたいだ。……早まったタカ派のバカどもが『やらかしちまった』ときの一人だよ。別に俺らのヘマじゃないにしたって、同じ組織なんだから全くの『他人事』ってわけでもないからな」
黒人のジョニーはやや遠い目になって答える。
あのあと「視察」名目でしばしば様子を見に行くことが定期スケジュールになっている。
保護者はマリアという名前の、アジアハーフのロシア人の娘。不思議なご愛嬌だが、あの少年はジョニーのことを何故か擬似家族の「執事」だと思い込んでいたのだった。
「で、また様子見に行ってきたんだろ? どんな具合だったかい? えっと、日本人なんだっけ? コールガールのアルバイトしてる不良娘に預けてるんだろ?」
「ああ、建前ではな。で、その預かり主の表向き『不良の家出娘』の親戚と契約して、『懸かりつけの医者』の名目で顔を出してる。……大分良くなってるみたいだったし、とりあえず定期健診して、成長期のためのホルモン調整の錠剤なんかを渡してきてやったよ」
他の過激な部署や集団の目を欺くために、マリアやケネディについての状況報告は故意に半分くらい出鱈目にしてある。また「世界人類が平和であるために」独断専行で「有害分子」を襲って抹殺を狙う惧れもあるので。
「その金玉、いっそ再手術で『付け直してやる』のが一番手っ取り早いんだろうがな」
ごもっともな議論だったが、なかなかそうは問屋が卸さない難しい事情がある。
黒人医学者のジョニー博士は苦々しい顔で応えた。
「それをやったら、タカ派の奴らとまたまた大喧嘩ってことさ。あいつらが今回のことで興味をなくすまで、まだ一年や二年は黙って様子見するしかないさ」
どうやら組織内でも、考え方やスタンスの差異で対立が複雑であるらしかった。
だからこの二人の科学者がやるせない表情をしているのも無理はない。彼らの意図からすれば、最先端の未来のための研究をやりたいだけで、別に「人類の浄化や純化」を第一義として目指しているわけでもない。ただし原理主義みたいな連中が相当数存在して、組織の行動方針での強い発言権を持っている現実があるのだった。
「……なんだったら将来、そのうちその子をうちの研究所のスタッフにスカウトするってのもアリなんじゃないかな。優秀な人材だったら戦力になるかもしれんし、日本人の『ネクストジェネレーション・サムライ』とかなら歓迎だぜ? ……だいたいさ、『奴ら』が保有してる旧ソ連邦原産のゴリラ・ハイブリッド兵士の第三世代実験部隊とかで襲われたら敵わんから、ここにも戦闘タイプ・ミュータントの用心棒が一人や二人欲しいところだぜ」
眼鏡のベトナム系科学者は興味深げに、備え付けの資料ラベル、「丸子恵/アダムF6・生存」の但書の文字に目を走らせている。諸々の腹積もりもあり、ケネディの去勢が不完全であることも、ジョニーたちの「担当者チーム」は故意に情報を隠蔽する方針なのだ。
4
かつてケネディに贈られたナイフの象嵌模様は「ケルディム」の印。
聖書では「エデンの園」と「生命の樹」を守る、半人半獣の天使なのだという。古い伝説の「契約の箱」の意匠でもあったとされ、近代の絵画ではしばしば、可愛らしくも聡明そうな子供の姿で描かれる(それで日本語の訳語では「智天使」と呼ばれるそうだ)。
【全編了】(原稿換算で246枚)
白衣の科学者たちが細胞や遺伝子の研究に勤しむ中で、一人の黒人の科学者が「生体標本」のカプセルの前で足を止める。
「ジョニー」
眼鏡の東洋人の同僚が、大柄な黒人の科学者に声をかける。
「それ、今日の実験か何かで使うのかい?」
目線はカプセルの中の、一対の鶉の卵のような肉片に注がれている。
それは睾丸だった。繋がれた細いチューブからは、どうやら定期的に精液が採取できるようになっているようだった。
あの「ジョニー先生」は頭を振った。並んで立つと体格の良さが際立つ。
……昨日まで日差しの強い南国に、半分趣味の旅行の行っていたらしいが。
「いや。昔のことを思い出しただけだ」
「君がアッチと交渉して引っ張ってきたマテリアル(研究素材)だったか?」
眼鏡の同僚は思い至った様子で頷く。そしてカプセルの睾丸を指差して訊ねる。
「これ。元の持ち主はまだ生きてるとか?」
「ああ、別の遠い国でな。……とりあえずは預かり主とそこそこ上手くやってるみたいだ。……早まったタカ派のバカどもが『やらかしちまった』ときの一人だよ。別に俺らのヘマじゃないにしたって、同じ組織なんだから全くの『他人事』ってわけでもないからな」
黒人のジョニーはやや遠い目になって答える。
あのあと「視察」名目でしばしば様子を見に行くことが定期スケジュールになっている。
保護者はマリアという名前の、アジアハーフのロシア人の娘。不思議なご愛嬌だが、あの少年はジョニーのことを何故か擬似家族の「執事」だと思い込んでいたのだった。
「で、また様子見に行ってきたんだろ? どんな具合だったかい? えっと、日本人なんだっけ? コールガールのアルバイトしてる不良娘に預けてるんだろ?」
「ああ、建前ではな。で、その預かり主の表向き『不良の家出娘』の親戚と契約して、『懸かりつけの医者』の名目で顔を出してる。……大分良くなってるみたいだったし、とりあえず定期健診して、成長期のためのホルモン調整の錠剤なんかを渡してきてやったよ」
他の過激な部署や集団の目を欺くために、マリアやケネディについての状況報告は故意に半分くらい出鱈目にしてある。また「世界人類が平和であるために」独断専行で「有害分子」を襲って抹殺を狙う惧れもあるので。
「その金玉、いっそ再手術で『付け直してやる』のが一番手っ取り早いんだろうがな」
ごもっともな議論だったが、なかなかそうは問屋が卸さない難しい事情がある。
黒人医学者のジョニー博士は苦々しい顔で応えた。
「それをやったら、タカ派の奴らとまたまた大喧嘩ってことさ。あいつらが今回のことで興味をなくすまで、まだ一年や二年は黙って様子見するしかないさ」
どうやら組織内でも、考え方やスタンスの差異で対立が複雑であるらしかった。
だからこの二人の科学者がやるせない表情をしているのも無理はない。彼らの意図からすれば、最先端の未来のための研究をやりたいだけで、別に「人類の浄化や純化」を第一義として目指しているわけでもない。ただし原理主義みたいな連中が相当数存在して、組織の行動方針での強い発言権を持っている現実があるのだった。
「……なんだったら将来、そのうちその子をうちの研究所のスタッフにスカウトするってのもアリなんじゃないかな。優秀な人材だったら戦力になるかもしれんし、日本人の『ネクストジェネレーション・サムライ』とかなら歓迎だぜ? ……だいたいさ、『奴ら』が保有してる旧ソ連邦原産のゴリラ・ハイブリッド兵士の第三世代実験部隊とかで襲われたら敵わんから、ここにも戦闘タイプ・ミュータントの用心棒が一人や二人欲しいところだぜ」
眼鏡のベトナム系科学者は興味深げに、備え付けの資料ラベル、「丸子恵/アダムF6・生存」の但書の文字に目を走らせている。諸々の腹積もりもあり、ケネディの去勢が不完全であることも、ジョニーたちの「担当者チーム」は故意に情報を隠蔽する方針なのだ。
4
かつてケネディに贈られたナイフの象嵌模様は「ケルディム」の印。
聖書では「エデンの園」と「生命の樹」を守る、半人半獣の天使なのだという。古い伝説の「契約の箱」の意匠でもあったとされ、近代の絵画ではしばしば、可愛らしくも聡明そうな子供の姿で描かれる(それで日本語の訳語では「智天使」と呼ばれるそうだ)。
【全編了】(原稿換算で246枚)

