メイドインダーク(マフィア令嬢と少年メイドのインモラル逃亡潜伏) ※長編・一括掲載(R指定)

 その日一日、マリアさまはずっと疲れた顔で気だるげでした。
『朝ごはん、いらないから。適当に食べてて』
 ベッドからそんなふうにおっしゃって、珍しくお昼前ごろまで朝寝坊していらっしゃいました(普段だったらだいたい八時頃か、遅くても九時前には起き出すのですが)。
 ボク(ケネディ)は一人で起きて、シャワーを浴びました。昨晩のせいなのでしょうか、手と股間は乾いてもベトついていて、そぶりで怪訝に思っていることを現すと、マリアさまは誤魔化すように笑って「深く考えないで」と言います。夜明け頃に何かあった気がしますが、思い出せません。
 そして作る手間が面倒なのでパンと牛乳で朝食を済ませてから、いつものように机で本を読んだりプリントをやってみたりして時間を潰していました(インターネットからダウンロード印刷した漢字や計算の穴埋めです)。
 十時半に近くなって、ようやくマリアさまがお目覚めです。
 服を着替えて顔を洗っても、身支度そのものがなんだかぞんざいな感じでした。
 洗いざらしてすっかり柔らかく(少し生地が薄くも?)なった、いつもの部屋着の白いTシャツにジーンズ。格好や服装は同じであっても、いつものような怜悧で意志力強固な雰囲気や快活さがありません。こういうときには機嫌が悪くて憂愁に耽っているか、それとも生理や風邪などで体調が悪いのだと相場が決まっています。
「おはようございます」
「おはよ」
 声の感じが気疲れしているようです。
 居間のソファにもたれてグッテリし、ボンヤリと天井を見上げています。
 どうにか顔だけは洗ったようですが、髪を梳かすなどの身だしなみまでは気が廻っていない様子で(大雑把には整えたようでしたが、妙に雑なのです)、目の下に薄っすらとした隈ができてるようでした。昨晩の異常な興奮した振る舞いからしても、きっとまた昔の怖い夢でも見てしまって、昨晩はあまり良く眠れなかったのかもしれません。
 何をする気配もなく、ただ黙ったままにボーっと物思いに耽っておいでです。
 これが普段ならば本でも読むなり、語学の勉強でもなさるところですが、今日この日ばかりは無気力オーラをドンヨリとわだかまらせています。
 そこでボクは漢字の書き取りを一端止めて、牛乳を温めてミルクココアを作って持っていきます。もうすぐお昼ご飯なのですが、これも前準備みたいなもの。食事をすれば気分も多少は持ち直すかもしれませんが、急にたくさん食べるのは無理でしょうから。
「ありがと」
 ボクが湯気の立つ陶器のカップをソファの前のテーブルに置くと、マリアさまはやるせなく小声でお礼を言いました。
 どうやら話をするのも億劫そうです。それでも安否確認を兼ねて、少し躊躇ってから訊いてみます。
「冷蔵庫のチーズと挽肉、お昼ご飯に使っちゃっていいですよね?」
「うん……任せるわ……」
「風邪でも?」
「よく寝られなくって、ちょっと疲れただけ」
 照れるように苦笑する声の調子に力もなく、相変わらず心ここにあらずのご様子でしたが、ちょっとでも元気が出ると良いなと思います。
 お昼ごはんは頑張ってドリアを作ろうと決めました。
 ミルクココアを飲めば、ちょっとは元気や食欲も出ることでしょう。
 ボクは勉強を取りやめて、料理に取り掛かります。
 小一時間ほどでドリアを作って食卓の方のテーブルに並べると、ソファのマリアさまはちょうどノートパソコンでインターネットを見ているところでした。耳にイヤホンをつけてる辺り、音楽やニュースでも聴いているか(ドラマとかの可能性もありますが)、リスニングでもやっているのかもしれません。
 ときどき頬に引き攣るような暗い笑みを浮かべることが気に懸かりましたが。
「ご飯ですよ……ドリアを……」
 ヒソッと笑顔で告げるついでに、パソコンの画面を見て度肝を抜かれてしまいます。
 それはとてもとても「残酷な動画」でした。
 血と肉と内臓が、さながら床にぶちまけたドリアのように飛び散っています。
「マリアさま……それ……」
 するとようやく傍らに立ったボクの存在に気づいたらしく、ドキリのギョギョッと舌顔になって、慌てて画面をボクの見えない方向に動かします。
「どんな具合かな……とか、ちょっと思っただけよ……」
 ちょっと咎めるような目で「子供は見ちゃいけません」と暗黙のうちに語っています。
 けれどもボクも負けてはいません。
 だって、こんな悪癖の趣味は絶対にマリアさまの精神衛生上にも良くないと思います。
 いくら暗い気分だからといって、あまり残酷なものを面白半分に見すぎたりすると、それが原因で致命的に頭がおかしくなってしまうことがままあるのだと、世間一般では言われていますから。
 本当に、大人で保護者役なのに困った人です。
 どうやらボクの決然とした意思が伝わったようで、マリアさまは困った顔で、誤魔化すような笑った表情になっています。
「……」
「……」
 沈黙のうちに、お互いに視線を逸らさずにジッと見詰め合ってしまいます。
 たとえば「狼は人間にジッと見つめられるのが苦手」という話があります。
 マリアさまは悪戯を見つかった子供のように、ものすごく決まり悪そうでした。
 きっと、ボクの言いたいことはちゃんと伝わっていたはずです。
「……わかったわよ」
 それ以上は深く突っ込まないで、とでも言いたげな様子でした。
 マリアさまはパソコンの電源を落とし、従順にキッチン前の食卓テーブルに向かいます。朝ご飯を食べていませんから、本当はお腹も空いていることでしょう。
 座る前に何も言わず、頭にキスをしてくれました。
 あんな映像を小一時間(?)も見た後で、ミートドリア(トマトソース使用)を平気で全部平らげたマリアさまの神経は、もしかしたらグラスファイバーとチタン合金で出来ているのかもしれないなどと、密かに思ったのは内緒です(食事中に冗談で言おうかと思いましたが、深刻すぎて冗談にならなそうなので止めておきました)。
 午後には少しは元気になったようで、インターネットでニュースをチェックしたり(同じテーブルにボクがいましたから、これも一種の「暗黙の監視」みたいなものかもしれません)、おとなしくドイツ語の単語の書き取り自習を二時間ほどやったり。
 それでも元気がありません。
 マリアさまは夕食に魚のツミレ鍋を作ってくれて、二人で食べた後。
 晩にボクが計算ドリルを四・五枚片付けている間、マリアさまは『嵐が丘』の小説を読みながら、ボクの顔をチラチラと盗み見ていたようでした。記憶が正しければ「失恋したヒースクリフって男が、愛と憎しみで復讐に走って児童虐待する話よ。だけど、それでも愛してはいたみたいだけど、なんでこんなになっちゃったのかしらねえ?」などと粗筋を教えてくれたことがあります。
 マリアさまの目は捨てられた犬か、刑務所で年老いた囚人のように悲しげでした。
 それから何十回も見たSF映画のDVDを二人で見ていましたが、一番いいところで途中で席を外します。疲れた顔でシャワーを浴びてDVDが終わりに近いことを確認し、「先に寝てるわ。アンタも早く寝なさい」とだけ言って寝室に行ってしまうのです。
 ボクも入浴もそこそこにしてベッドへ向かいます。
 同じ毛布に潜り込んだとき、マリアさまは寝息を立てていました。
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