【長編版】冷徹弁護士の甘い執着〜八年前の初恋相手に、もう一度捕らわれる〜
「では、山崎さん。改めて、八年前の情報漏洩事件についてお伺いします」

 福村の言葉で、居間の空気がさらに張り詰めたものへと変わる。
 もう夕日が沈みかかっており、福村と山崎の横顔に暗い影が落ちていた。

「八年前の六月十四日。ミツルギ重工のサーバーから不正に抜き出された新型エンジン『オルディナウス』の設計データについて覚えていますか?」

 福村の声は驚くほど平坦だった。感情を一切排したそのトーンは、まるで機械が淡々と事実を出力しているかのようだ。
 彼は手元のクリアファイルから何枚ものシステムログが印刷された紙を取り出し、ローテーブルの中央へと滑らせた。
 そこに呪文のようにしか見えない英数字とタイムスタンプが、びっしりと並んでいる。

「八年前の当時。山崎さんの個人PCが高度なサイバー攻撃の標的となり、システムを突破された。そして、貴方は管理責任を取って辞職した『被害者』ということになっていた。ですが、我が鳳法律事務所が当時のバックアップログを再解析した結果、驚くべき事実が判明しました」

 福村は眼鏡の奥の目を僅かに細め、山崎を睨みつける。
 先ほどまでのんびりとした雰囲気を纏っていた山崎だったが、今は人形のように固まっていた。

「山崎さんのPCは、サイバー攻撃を受けたかのように細工されていた。その上、貴方が正規のIDとパスワードを使い、セキュリティを解除した形跡が見つかりました。これは、貴方が意図的に情報を抜き取ったという証拠です。そして事件直後、山崎さんの個人口座には海外のダミー会社から二千万円の入金が記録されている。貴方はサイバー攻撃の被害者などではない。報酬を受け取り、自らデータを売り渡した『主犯』だ。違いますか?」

 山崎は、テーブルの上に差し出された紙を、焦点の定まらない目でただじっと見つめていた。
 麻里も福村の説明を飲み込めていなかった。

(本当に、山崎さんが情報を流出させたの? サイバー攻撃だったって……仕方がないことだったって、信じていたのに)

 麻里の父は事件当時、「事故みたいなものなんだ。誰も悪くない」と麻里に言い聞かせていたし、麻里自身もそれを信じていた。

(どうして……)

 この事件さえなければ――。
 心の奥に閉じ込めたはずの憤りが沸き上がってくる。

 しかし、ぼんやりと紙を見つめている山崎が目に入り、麻里はハッとした。
 今は自分の感情で動いてはならない。

 麻里は短く息を吐くと、身体ごと山崎の方を向いた。

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