【長編版】冷徹弁護士の甘い執着〜八年前の初恋相手に、もう一度捕らわれる〜
「山崎さん。福村先生のお話、分かりましたか? 何か覚えていたら、教えてあげてください」

 麻里の言葉に、山崎の両肩が微かにすくむ。膝の上で湯呑みを包んでいた手が小刻みに震え始めた。

「私が……データを、売った……? そんな、私は、そんな大金……使って、いない……」
「貴方以外、貴方のパソコンに正規でアクセス出来る人間はいません。ただ、貴方は自分で仰ったように、送金された金に一切手をつけていないようですね。なぜでしょう? ミツルギ重工を裏切ってまで手に入れた大金なのに」

 福村の追及に、山崎の息が荒くなっていく。
 額にはじっとりと脂汗が浮かび、視線が居間の中をあちこち彷徨っていた。

「いかがですか? 山崎さん」

 福村の声が追い討ちをかけるように山崎を揺さぶった。

「私は……駄目だ。駄目、なんだ……。ちがう……私じゃ、ないんだ」

 山崎はうわ言のように呟いている。過去の記憶が混濁しているのかもしれない。
 突然、突きつけられた確からしい証拠。それについて何かを話そうとしては、否定している。

『……すまない、佐倉さん。わ、私は、罪を……。彼の言う通りだ』
『私に出来ることは、これしかなかった。あ、あのときは……そうするしかなかったんだ!』

 先日の言葉が頭をよぎる。

(山崎さんは何かを隠してる。でも、今はそれが何なのか自分でも分からなくなっている)

 証拠と隠し事。それらが山崎の精神を急速に摩耗していくのが見て取れた。

 山崎は痛む関節をかばうように、右手を左手でぎゅっと握りしめた。その指先は白くなり、激しい緊張で強張っている。

(駄目。これ以上は、山崎さんのキャパシティを超えてしまう……!)

 麻里は頭の中に警鐘が鳴り響く。
 福村の追及は完璧な証拠に基づいており、悪質な誘導もない。
 しかし、逃げ道をすべて塞いで相手を精神的に追い詰めるやり方では、今の山崎から正確な言葉を引き出すことは出来ない。認知障害を抱え何かに怯える高齢者に対して行うには、あまりにも暴力的すぎた。

「福村先生、そこまでです。面談を一時中断します」

 麻里は凛とした声を上げ、福村と山崎の間に割って入るように上半身を前に出した。
 福村の鋭い視線が、瞬時に山崎から麻里へと移動する。その瞳には「仕事の邪魔するな」という苛立ちが宿っているように感じられる。

「中断? 早すぎませんか? 私はまだ、核心的な理由にすらたどり着いていませんが。山崎さんの意図を明確にするために、ただ協力を要請してるだけです。これは弁護士としての正当な職務です」
「その職務の進め方が、あまりにも威圧的です」

 麻里は一歩も引かず、福村の氷のように瞳を真っ向から見据えた。

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