【長編版】冷徹弁護士の甘い執着〜八年前の初恋相手に、もう一度捕らわれる〜
(今日の山崎さん、後半は声も割りとしっかりしていた。……それにしても、日記か。この家のどこかにあるのかもしれない)

 そこまで考えると、心臓の音が少しだけ速くなる。
 それをもし見つけられたら、父を、自分を、失意の底に突き落とした気持ちが晴れるかもしれない。
 
 探し出したい、という気持ちが沸き上がるが、麻里はすぐに自分を律した。

(って、駄目。私は山崎さんのサポートをするだけ。私情は持ちこまない)

 首を振って深呼吸をする。
 そうしてリビングのドアを開けると、荷物をまとめた福村が玄関へと向かう途中で足を止め、何かを深く考え込むように佇んでいた。

「福村先生、どうかされましたか?」
「……いや。すまない。少し考え事をしていた。すぐに出る」

 声をかけると福村がハッとしたように鞄を手に取った。

「玄関まで送ります」

 麻里は福村と共に廊下へと出た。
 リビングよりもひんやりとした廊下は、夕暮れの残光も届かないせいで薄暗い。玄関へと続く一本の狭い空間に、二人の足音だけが静かに響く。

 麻里が玄関マットの手前で足を止め振り返ろうとした、その時だった。

「――麻里」

 低く、どこか掠れた声がすぐ背後から降ってきた。振り返るよりも早く、麻里の視界がふっと遮られる。

「え?」

 福村が静かに麻里との距離を詰め、顔のすぐ横の壁に手をついた。
 自然と壁に追い詰められた麻里の身体は、完全に福村の長い腕と壁の間に閉じ込められる。

 混乱しながら福村を見上げると、麻里を見下ろす冷徹な瞳に視線を絡め取られた。
 先程までの冷静沈着に振る舞っていた弁護士としての姿は鳴りを潜め、あの頃の「先輩」の面影が滲み出ている。

「福村、先生……? 何を――」
「いつまでその他人行儀な呼び方を続けるつもりだ、麻里」

 名前を呼ばれ麻里の呼吸が浅くなる。
 福村の目は鋭い光を宿しており、思わず目をそらした。

「麻里……」

 彼の声が近づいてくる。耳元で聞こえてくる低い声に、麻里は身を竦める。
 熱が伝わりそうな距離に、ほんのりと香るアンバーのような香水の匂いが麻里の鼻を麻痺させた。異性としての圧倒的な体格差と大人の色気に、麻里の心臓は痛いほどに跳ね上がる。

「……ふ、福村、先輩」

 耐えきれなくなった麻里が昔のように呼ぶと、彼がふっと耳元で微笑んだ。
 そして少しだけ顔を離すと、麻里をじっと見つめた。

「麻里は本当に介護士になってしまったんだな」
「意外、でしたか?」
「いいや。麻里は人を救うことをいつも考えていたからな。……だけど、あんな風に山崎さんに寄り添う君を見ていると……」
「えっ?」

 麻里が首をかしげると、福村は「なんでもない」とため息を吐いた。

「聞きたかったのは、なぜ八年前のあの日……俺の前から黙って消えたか、ということだ」
「それはっ……」

 麻里は言葉を濁した。

(言って……良いのかな)

 けれど自分自身の問題が山崎や福村の問題と絡み合っている以上、どこまで言っていいのか見当もつかない。

「俺には言えないのか? あの時だけでなく、今も……なのか? 突然大学を辞め、連絡先も変えて姿を消した時、俺がどんな思いで探し回ったか分かっているのか」

 呟かれた言葉は、小さく掠れていた。
 麻里の心臓がずきんと痛む。

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