【長編版】冷徹弁護士の甘い執着〜八年前の初恋相手に、もう一度捕らわれる〜
「俺がなぜ、ミツルギの代理人をしているか分かるか?」
「どうして、ですか?」

 麻里が囁くように尋ねると、彼は顔を歪ませた。
 議論の場において完璧なポーカーフェイスを絶対に崩さなかった彼は、再会してから色々な表情を見せる。
 あまり良い表情ではなかったけれど――。

「君なら分かってくれると思ったんだが……。まあいい、こうして会えたのだから。麻里、もう一度法曹の世界に戻ってくる気はないか?」
「私が、戻る?」

 福村の提案に麻里は呆然と言葉を繰り返した。

「介護の仕事は尊いものなのだろう。それは今日君を見ていれば分かることだ。だが……君のあの輝かしい頭脳は、法廷で、もっと高い場所で法の議論をするためにあったはずだ。本当に……こんな名もなき老人の世話をする仕事で、君が消耗されるのが見ていられない」

 福村は本気で麻里を心配しているような表情をしていた。
 けれどその言葉は、麻里の胸の奥に眠っていた何かを激しく揺さぶり、逆撫でした。

 麻里は緊張で震えそうになっていた足に、グッと力を込める。
 そしてまっすぐと福村を睨み付けた。

「確かに私は不本意な事情で大学を辞めました。ですが、この仕事を選んだのは私自身の意志です」

 麻里の声は、狭い廊下に静かに響く。

「名もなき老人の世話、ですか? 先輩にとってはそうかもしれませんが、私にとっては違います。ここで過ごす時間は、山崎さんという一人の人間の尊厳を守るための、誇りある私の戦場です。先輩が法廷で誰かの利益を守るように、私はこの現場で、誰かの日常を守っている。私は今の自分の仕事に、これ以上ない誇りを持っています!」

 麻里は怒りで自分を抑えられなかった。

『大丈夫。麻里はどこへ行っても、どんな仕事でも、その優しさで誰かを救えるはずだから』

(あの頃の先輩なら、こんなこと言わなかった。私は……先輩の言葉を胸にここまで頑張ってきたのに!)

 八年前、福村からかけてもらた言葉が麻里を支えていた。
 それなのに、目の前の福村は麻里の仕事を否定したのだ。

「本日の面談は終了です。お気をつけてお帰りください、福村先生」

 介護士として彼に強く言葉を発すると、福村はしばらく苦々しげに唇を噛んでいた。
 やがて眼鏡の位置を直すと、短くため息をついた。

「……分かった。君の介護士としてのプライドを踏みにじったことは謝罪しよう。だが、あの事件が解決するまで、俺はこの家へ通い詰めることになる。そして……俺は必ず、麻里を手に入れる」

 福村は低く、しかし確信に満ちた声で言い残した。
 扉を明け、去っていく靴音が響く。

 扉が閉まった瞬間、麻里は壁に背中を預け、ずるずるとその場に座り込んでしまった。

(手に入れるって、何?)

 抑えようとしても、胸の鼓動はいつまでも激しく、うるさいほどに鳴り響いていた。
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