【長編版】冷徹弁護士の甘い執着〜八年前の初恋相手に、もう一度捕らわれる〜
荷物をまとめ、バッグを肩にかけた麻里は、帰るためにもう一度リビング全体を見渡した。
戸締まりの確認、エアコンの温度設定、電気の消し忘れ。すべていつも通りのチェックだ。
けれど――。
静寂に包まれた部屋にぽつんと佇んでいると、先ほどまで山崎がこの場所で涙を流しながら絞り出したあの掠れた声が、幻聴のように耳の奥で蘇ってきた。
『当時は、私は必死に記録を残していた……。あの薄汚い男たちが我が家にやってきて、私に無理難題を突きつけていった記録を……』
『私は、家族を守るために、何が起きたのかをすべて……日記として、書き残していた』
『見つからないように、いつか告発するために……そう思っていたはずなのに……』
山崎のあの時の目は、完全に過去の恐怖に怯える少年のようだった。嘘をついている人間の目には見えなかった。
麻里の頭の中で彼のこれまでの言動が結び付いていく。
今日の山崎の言葉を聞くまで、単なる古い記憶のフラッシュバックか、認知症による漠然とした罪悪感の可能性も捨てきれていなかった。
しかし違ったのだ。
山崎は、8年前のあの日、自分の意志で会社を裏切ったのではない。
愛する妻と娘の命を人質に取られ、極限の状態で、大切なデータを差し出さざるを得なかったのだ。
(やっぱり山崎さんも、あの事件の被害者だった……。私のお父さんと同じように、人生を狂わされた犠牲者の一人だったんだ)
山崎の過去に思いを馳せると、麻里の目からジワリと熱い涙が溢れそうになる。
父と山崎、二人の力ない諦めの表情が麻里の中で重なった。
麻里の父親は事件当時、ミツルギ重工の平社員として開発チームに所属していた。真面目だけが取り柄で、エンジニアとしての誇りを持っていた父。
それなのに、データ流出による業績悪化の煽りを受け、理不尽にリストラされた。
父はいつも、「事故みたいなものなんだ。誰も悪くない」と、無理に作った笑顔で自分に言い聞かせるように語っていた。
その横顔を、麻里は今でも鮮明に覚えている。今でも老いた身体で派遣の仕事をこなす父を見ていると、胸が痛む。
(もっと楽させてあげたいけれど……)
介護士としてはかなり恵まれた待遇で働けている麻里だったが、それでも両親の負担を減らすのは難しかった。
もし、山崎が言っている「日記」が本物なら。
そこに脅迫の事実や、真犯人に繋がる手がかりが遺されているのなら――。
山崎さんの容疑が晴れるだけでなく、間接的に麻里の父親の社会的な名誉も、八年ぶりに回復させることができるかもしれない。
あの時、父親を、そして自分たち家族を絶望のどん底に突き落とした本当の真犯人を、白日の下に引きずり出すことができるかもしれないのだ。
(探し出したい。この家のどこかにあるなら、私が……)
胸の奥から湧き上がる強い衝動に駆られ、麻里は思わず一歩、リビングの古い和ダンスの方へと足を踏み出した。
しかし、その足はすぐにピタリと止まった。
(……って、駄目! 何を考えてるのよ)
麻里は激しく首を振り、自分の額を手のひらで強く押さえた。
戸締まりの確認、エアコンの温度設定、電気の消し忘れ。すべていつも通りのチェックだ。
けれど――。
静寂に包まれた部屋にぽつんと佇んでいると、先ほどまで山崎がこの場所で涙を流しながら絞り出したあの掠れた声が、幻聴のように耳の奥で蘇ってきた。
『当時は、私は必死に記録を残していた……。あの薄汚い男たちが我が家にやってきて、私に無理難題を突きつけていった記録を……』
『私は、家族を守るために、何が起きたのかをすべて……日記として、書き残していた』
『見つからないように、いつか告発するために……そう思っていたはずなのに……』
山崎のあの時の目は、完全に過去の恐怖に怯える少年のようだった。嘘をついている人間の目には見えなかった。
麻里の頭の中で彼のこれまでの言動が結び付いていく。
今日の山崎の言葉を聞くまで、単なる古い記憶のフラッシュバックか、認知症による漠然とした罪悪感の可能性も捨てきれていなかった。
しかし違ったのだ。
山崎は、8年前のあの日、自分の意志で会社を裏切ったのではない。
愛する妻と娘の命を人質に取られ、極限の状態で、大切なデータを差し出さざるを得なかったのだ。
(やっぱり山崎さんも、あの事件の被害者だった……。私のお父さんと同じように、人生を狂わされた犠牲者の一人だったんだ)
山崎の過去に思いを馳せると、麻里の目からジワリと熱い涙が溢れそうになる。
父と山崎、二人の力ない諦めの表情が麻里の中で重なった。
麻里の父親は事件当時、ミツルギ重工の平社員として開発チームに所属していた。真面目だけが取り柄で、エンジニアとしての誇りを持っていた父。
それなのに、データ流出による業績悪化の煽りを受け、理不尽にリストラされた。
父はいつも、「事故みたいなものなんだ。誰も悪くない」と、無理に作った笑顔で自分に言い聞かせるように語っていた。
その横顔を、麻里は今でも鮮明に覚えている。今でも老いた身体で派遣の仕事をこなす父を見ていると、胸が痛む。
(もっと楽させてあげたいけれど……)
介護士としてはかなり恵まれた待遇で働けている麻里だったが、それでも両親の負担を減らすのは難しかった。
もし、山崎が言っている「日記」が本物なら。
そこに脅迫の事実や、真犯人に繋がる手がかりが遺されているのなら――。
山崎さんの容疑が晴れるだけでなく、間接的に麻里の父親の社会的な名誉も、八年ぶりに回復させることができるかもしれない。
あの時、父親を、そして自分たち家族を絶望のどん底に突き落とした本当の真犯人を、白日の下に引きずり出すことができるかもしれないのだ。
(探し出したい。この家のどこかにあるなら、私が……)
胸の奥から湧き上がる強い衝動に駆られ、麻里は思わず一歩、リビングの古い和ダンスの方へと足を踏み出した。
しかし、その足はすぐにピタリと止まった。
(……って、駄目! 何を考えてるのよ)
麻里は激しく首を振り、自分の額を手のひらで強く押さえた。