【長編版】冷徹弁護士の甘い執着〜八年前の初恋相手に、もう一度捕らわれる〜
 麻里は無意識にこの家のレイアウトを思い浮かべる。
 居間の隅にある和ダンス、廊下の本棚、寝室のクローゼットの奥にある小箱……。
 今すぐにでもこの屋敷中を探して回りたい衝動に駆られる。

「……駄目、絶対に駄目。今はこれ以上、何もできない」

 麻里は少し大きな声で呟いた。
 まるで自分に言い聞かせるように。

 麻里はぎゅっと鍵を握り締め、バッグの小さな内ポケットのチャックを開けて、その中に鍵を滑り込ませた。
 落ちていた鍵を拾って保管すること自体は、介護士としての遺失物預かりという名目で可能だ。

 まずは明日、山崎が目を覚ました時、この鍵について「ソファの下に落ちていましたよ」と、優しく本人に尋ねてみるべきだ。
 彼の意識がはっきりしていれば、自ら真実を話してくれるかもしれない。

(でも、福村先輩がいない時に聞くべきかもしれない)

 麻里の脳裏にほの暗い考えが流れ込む。
 今日は穏便な話し合いが出来たが、明日以降、福村がどんな考えでここに来るのかは分からない。
 山崎が「主犯ではない可能性」に気づいた以上、日記は山崎の意思に関わらず、絶対に必要な証拠となるのだから。

(それに……山崎さんだって、いつまで正常に受け答えができるか……)

 今日のパニックを見る限り、彼の記憶の連続性は極めて危ういバランスの上にある。
 明日には、今日話した「脅迫された」という事実すら、完全に忘却の彼方に消え去っているかもしれない。
 日記を隠した場所の記憶が、永遠に失われてしまう可能性の方が圧倒的に高い。

(残された時間は、もうないのかもしれない)

 あの日から八年たった今、福村が山崎のもとを訪れたのはギリギリのタイミングだったのかもしれない。
 背後に忍び寄る見えないタイムリミットの足音に、麻里は身体の芯が震えるような予感を覚えていた。

 麻里は短くため息を吐くと、カチリとリビングの照明のスイッチを切る。
 部屋は一瞬にして、暗闇に溶け込んだ。

 麻里は一度だけ寝室のドアの方を振り返り、それか玄関へと向かった。
 バッグの中にしまいこんだ小さな鍵が、生地越しに麻里の手に触れる。まるでその存在を主張しているようだった。
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