【長編版】冷徹弁護士の甘い執着〜八年前の初恋相手に、もう一度捕らわれる〜
3.隠された証拠
気がつくとあの怒涛の日から数日が経過していた。
麻里のバッグの内ポケットには、あの日ソファの下から転がり落ちた鍵がまだ眠っている。
あの日の翌日、麻里は山崎の意識がはっきりしているタイミングを見計らって、さりげなくその鍵を見せて尋ねてみたのだ。
『山崎さん。これ、ソファの下に落ちていたんですけど、何の鍵か分かりますか?』
しかし差し出された小さな鍵を見つめた山崎は、ひどく困惑したように白濁した眉の根を寄せた。
『おや……? いや、見覚えがないな。うちの鍵じゃないようだが……どこかの引き出しの鍵だったかな……。すまない、佐倉さん。最近どうも物忘れがひどくて、思い出せないな』
と、寂しそうに微笑むだけだった。
嘘をついているようには見えなかった。本当に、山崎の脳内から鍵の存在が完全に抜け落ちてしまっているのだろう。
その残酷な現実に、麻里は胸を締め付けられるような思いがした。
本人が思い出せない以上、家の中を捜索する許可はもらえない。まして、勝手に探すことなどできるはずもない。
麻里は「落とし物として、私が預かっておきますね」とだけ告げ、それ以上その話題に触れるのをやめた。
そうしてなんの進展もないまま迎えた、数日後の夕方。今日は福村がやって来る日だった。
しかし、季節外れの大型台風が関東地方に接近しており、山崎宅の周囲は暗雲に包まれていた。
ざあざあと窓を激しく叩きつけるような猛烈な雨の音。それをかき消す呻き声のような風の音が聞こえたかと思えば、古い木造の平屋がガタガタと小刻みに音を立てる。
急激な気圧低下による頭痛と戦いながら、麻里はリビングのカーテンを固く閉めた。
(これだけ気圧が変動するとなると、山崎さんの精神状態にも影響がありそう。今日みたいな日は、いつも以上に注意しなきゃ)
案の定、台風が近づくにつれ、山崎の様子は明らかに変化していった。
いつもならテレビで時代劇を熱心に見ている時間なのに、今日はテレビに視線を向けることはない。画面の端に映る台風情報が気になるのかもしれない。
固く締め切った窓際のソファーから微動だにせず、視線だけをあちこちへ彷徨わせている。
老いた両手は膝の上で固く握り締められ、細い肩が小刻みに震えていた。
「山崎さん、温かいほうじ茶を淹れましたよ。ちょっとこっちでひと息つきませんか?」
台風の時に窓際にいるのは極力避けたい。
麻里は山崎を刺激しないように明るい声をかけながら、湯気の立つ湯呑みをローテーブルに置いた。
「ん? あぁ……そうだね」
山崎が夢から覚めたようにゆっくりと立ち上がったその時――。
ピカッ、とカーテンの隙間から強烈な白い閃光が差し込み、ワンテンポ遅れて鼓膜を引き裂くような激しい落雷の音が屋敷の真上に轟いた。
「っ……! ああぁっ……」
山崎がその場で紙切れのようにへなへなと座り込む。
麻里は慌てて彼に駆け寄った。
麻里のバッグの内ポケットには、あの日ソファの下から転がり落ちた鍵がまだ眠っている。
あの日の翌日、麻里は山崎の意識がはっきりしているタイミングを見計らって、さりげなくその鍵を見せて尋ねてみたのだ。
『山崎さん。これ、ソファの下に落ちていたんですけど、何の鍵か分かりますか?』
しかし差し出された小さな鍵を見つめた山崎は、ひどく困惑したように白濁した眉の根を寄せた。
『おや……? いや、見覚えがないな。うちの鍵じゃないようだが……どこかの引き出しの鍵だったかな……。すまない、佐倉さん。最近どうも物忘れがひどくて、思い出せないな』
と、寂しそうに微笑むだけだった。
嘘をついているようには見えなかった。本当に、山崎の脳内から鍵の存在が完全に抜け落ちてしまっているのだろう。
その残酷な現実に、麻里は胸を締め付けられるような思いがした。
本人が思い出せない以上、家の中を捜索する許可はもらえない。まして、勝手に探すことなどできるはずもない。
麻里は「落とし物として、私が預かっておきますね」とだけ告げ、それ以上その話題に触れるのをやめた。
そうしてなんの進展もないまま迎えた、数日後の夕方。今日は福村がやって来る日だった。
しかし、季節外れの大型台風が関東地方に接近しており、山崎宅の周囲は暗雲に包まれていた。
ざあざあと窓を激しく叩きつけるような猛烈な雨の音。それをかき消す呻き声のような風の音が聞こえたかと思えば、古い木造の平屋がガタガタと小刻みに音を立てる。
急激な気圧低下による頭痛と戦いながら、麻里はリビングのカーテンを固く閉めた。
(これだけ気圧が変動するとなると、山崎さんの精神状態にも影響がありそう。今日みたいな日は、いつも以上に注意しなきゃ)
案の定、台風が近づくにつれ、山崎の様子は明らかに変化していった。
いつもならテレビで時代劇を熱心に見ている時間なのに、今日はテレビに視線を向けることはない。画面の端に映る台風情報が気になるのかもしれない。
固く締め切った窓際のソファーから微動だにせず、視線だけをあちこちへ彷徨わせている。
老いた両手は膝の上で固く握り締められ、細い肩が小刻みに震えていた。
「山崎さん、温かいほうじ茶を淹れましたよ。ちょっとこっちでひと息つきませんか?」
台風の時に窓際にいるのは極力避けたい。
麻里は山崎を刺激しないように明るい声をかけながら、湯気の立つ湯呑みをローテーブルに置いた。
「ん? あぁ……そうだね」
山崎が夢から覚めたようにゆっくりと立ち上がったその時――。
ピカッ、とカーテンの隙間から強烈な白い閃光が差し込み、ワンテンポ遅れて鼓膜を引き裂くような激しい落雷の音が屋敷の真上に轟いた。
「っ……! ああぁっ……」
山崎がその場で紙切れのようにへなへなと座り込む。
麻里は慌てて彼に駆け寄った。