【長編版】冷徹弁護士の甘い執着〜八年前の初恋相手に、もう一度捕らわれる〜
「山崎さん!? どこか痛みますか?」

 転倒には見えなかったが、どこかを強く打ったかもしれない。

(手を捻った? 腰? この台風の中、救急車は難しいかもしれない)

 麻里の頭の中が最悪の事態を想定してくるくると回りだす。
 しかし、山崎の様子は怪我をした人とは様子が違っていた。

「あぁぁぁ……奴らが来てしまう……。そうだ、あの時も……」
「あの時? 山崎さん? なんの話ですか? ……まさか!」

 山崎の支離滅裂な言葉に麻里は一瞬フリーズした。けれど、彼の状態を見てすぐにハッとした。
 山彼の目は完全に開かれ、焦点がどこにも合っていない。
 激しい幻覚と、過去の恐怖のフラッシュバックに頭を支配されているようだった。

「山崎さん、大丈夫ですから、落ち着いてくださ……」
「恵子、梓を連れて隠れていなさい! 早くっ……!」

 すでに亡くなっている妻の名前を呼び、遠く離れて暮らす娘を守ろうとしている。
 まるで今、麻里ではなく山崎の家族が見えているようだ。

「山崎さん! ここには奥さまも娘さんもいらっしゃらないです。安全ですから……」
「あぁぁっ……! 早くしないと……家族だけはっ……」

 山崎には麻里の言葉が届いていない。
 頭を床に擦り付け、うわ言を呟いている。リウマチで硬直しているはずの身体が、異常な力で強張っている。呼吸は浅く、ゼェ、ゼェ、と喘ぐように苦しんでいた。

(どうにかして落ち着かせないと……)

 しかし声の届かない山崎に、麻里が出来ることは少ない。

(一瞬でも気をそらしてあげられたら……)

 麻里が何かないかと周囲を見回したその瞬間。
 ピンポーンとという乾いたインターホンの音とともに、玄関の扉が開く音がした。

「失礼します。山崎さん、佐倉さん、遅れて申し訳ありません。福村です」

 雨音に混じって、福村の声が聞こえる。
 麻里は思わず叫んだ。

「福村先生! 中に入ってきてくださいっ!」

 すると、いつもより大きな足音とともにびしょ濡れの福村が居間に顔を出した。
 彼は鳳法律事務所の文字が入った分厚い本革のビジネスバッグを手にしたまま、目を丸くしていた。

「何かあったのか? ……山崎さん!?」
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