【長編版】冷徹弁護士の甘い執着〜八年前の初恋相手に、もう一度捕らわれる〜
『――おい、山崎。ガタガタ抜かしてる場合か? お前の娘、梓だったっけか? 毎日使ってる通学路、後ろに不審な車がついてるって怯えてるだろ。あれ、俺の仲間なんだわ。へへへっ、この意味分かるよなあ? そろそろ綺麗な奥さんも……』

「っ……!」

 麻里は思わず両手で口を覆った。あまりにも生々しく暴力的な気配がスピーカー越しでも伝わってくる。

『家族を大事にしたきゃ、お前のパソコンに『オルディナウス』のマスター情報を全て落とせ。お前が自分のIDでログインして処理すれば、誰も気づきゃしねえ。こっちでカモフラージュをしてやる。……あぁ? 会社を裏切れないだって? ハッ、お前にとっちゃ会社の方が妻や娘の命より大事ってことか。まあ別にいいぜ? 後悔しない選択をするこった!』

 その直後、ブチッという音とともに音声が途切れた。

 車内が重苦しい静寂に包まれる。麻里の身体は怒りと悲しみで小刻みに震えていた。

「こんな……むごい恐喝を受けていたなんてっ……。山崎さんは本当に……」

 涙が視界を滲ませる。山崎は会社を裏切ったのではない。父親として家族を守るために、地獄のような選択を迫られただけだった。
 それなのに八年たった今、会社を売った犯罪者として制裁されようとしていたのだ。

「福村、先生……山崎さんは……」
「あぁ。この音声は、山崎さんが主犯ではないという動かぬ物証だな」

 福村の声は驚くほど冷徹だった。麻里は小さく身体を震わせる。
 すると。彼の手が麻里の肩をそっと抱き寄せ、そのまま肩をさすった。声とは反対に彼の体温は温かく、麻里の震えを止めようとしてくれているのが分かった。

「麻里、冷静に聞いてくれ。……この音声だけでは、まだ足りないんだ」
「え? どうしてですか? こんなにハッキリと脅迫の事実が残っているのに……」

 麻里が涙を拭いながら福村を見上げると、彼の瞳が麻里を捉えた。真剣だけれども、不思議な光を宿した瞳。怒りや悲しみという感情ではない理知的な光だった。

「この男の声には、自分の身元を明かすような情報は一切ない。ただの正体不明のチンピラだ。これだけでは、裁判所や警察は『山崎が質の悪い強盗恐喝事件に巻き込まれた』と判断するだけで終わってしまう可能性がある。山崎さんの反応を見るに、男はシンセイ開発との繋がりがある可能性が高いが、それをこの音声だけでは証明出来ない」

 福村の言葉はもっともだった。
 断片的なピースがシンセイ開発の陰を示唆しているのに、法律の壁がそれを阻んでいるように思えた。

(それじゃあ山崎さんの気持ちは報われない。私の父も……)

 麻里はめまいを覚えるような絶望感を抱く。これほどの物証があっても、まだ届かない。

「じゃあ、どうすれば……このままでは山崎さんの名誉も、ミツルギ重工の地位も……このままなんですか?」

 麻里の声がかすかに震える。
 すると福村は抱き寄せていた手の力を強め、麻里の顔を覗き込んだ。彼の唇が、麻里の耳元に触れそうなほど近づく。

「それはあり得ない。俺を誰だと思っている」

 その声には圧倒的なまでの自信と強い執念に満ちていた。

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