【長編版】冷徹弁護士の甘い執着〜八年前の初恋相手に、もう一度捕らわれる〜
 肩を寄せあって日記を眺めていた麻里と福村は、目を合わせて微笑みあった。
 麻里は膝の上の日記帳を壊れ物のようにそっと抱きしめる。

 古いチェストに隠されていた山崎さんの記録。家族の安全と会社への誠実な思いとの間で揺れ動きながらも、必死で残そうとしてくれた大切な彼の意志だ。

(無駄にしない。絶対に!)

「……戻ろう、麻里。山崎さんに説明を」
「はい」

 福村の低く落ち着いた声に、麻里は小さく頷いた。
 車を降りて再び山崎宅の居間へと戻ると、山崎はいつもの定位置でぼんやりと庭の木々を眺めていた。
 その姿はかつて大企業の第一線で戦っていた技術者とは思えないほど小さく、老け込んでいる。

「山崎さん」

 麻里が優しく声をかけると、山崎はゆっくりとこちらを振り返り穏やかに微笑んだ。

「何か、分かったかね?」
「それは……」

 麻里が答えようと重い口を開けると、福村が横からそれを制した。
 彼は山崎の正面に進み出ると、深く一礼した。

「山崎さん。あなたが命がけで遺してくださった日記と音声、確認いたしました。あなたが故意に会社を裏切ったのではないこと。そして……ご家族を守るために、苦渋の選択をなさったこと。ここにはそれが記されていました」

 福村は山崎の目線に合わせて、その場に真っ直ぐに片膝をつく。高級なスーツの生地が床に擦れるのも全く気にしていない。

「私が預かっていたミツルギ重工側のデータは、あなたを陥れるために最初から巧妙に偽装されたものでした。それによって山崎さんを主犯だと誤認していた。心からお詫び申し上げます。……そして、もしあなたさえよろしければ、この証拠を私に預けていただけないでしょうか」
「先生に……かね?」

 山崎の瞳が少し不安そうに揺らぐ。しかし目の前で頭を下げる福村を無下には出来ないようだった。
 すると福村はさらにぐっと身を乗り出した。

「はい。この日記と写真そして音声があれば、八年前の事件でミツルギ重工が負った汚名を晴らすことが出来ます。そして、あなたを脅迫しミツルギ重工を陥れたシンセイ開発に対して、法的に制裁することができる。あなたの名誉とあなたの大切なご家族の安全を、私の法にかけて必ず守ると誓います。ですから、俺に……俺に、あなたの弁護をさせてください」

 福村の言葉は完全に職務を越えていた。しかし、執念ともいうべき熱い情熱が溢れている。
 山崎はしばらくの間、福村の真剣な顔を見つめていたが、やがて瞳から大粒の涙がポロポロと溢れさせた。皺の刻まれた両手で顔を覆い、肩を激しく震わせる。

「あぁ……あぁ、ありがとうございます……。私はずっと自分が犯した罪が苦しくて……家族の安否が不安で……。これで本当に救われます」

 山崎は顔を上げると、震える手で福村の手を強く握り締めた。

「お願いします、福村先生。全てあなたに託します」

 山崎の瞳は福村をまっすぐ捉えており、発せられた言葉はしっかりとしていた。
 福村は山崎の手を握り返すと強く頷いた。

「では、お預かりいたします」

 その光景を一歩後ろで見守っていた麻里の胸には、熱いものが込み上げていた。

(山崎さんが先輩に心を開いてくれて良かった。山崎さんの苦しみが少しは晴れますように……)

 麻里は山崎に近づくと、彼の涙をそっとハンカチで拭った。
 横目で見た福村は、預かった証拠達を鋭い眼差しで見つめていた。



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