【長編版】冷徹弁護士の甘い執着〜八年前の初恋相手に、もう一度捕らわれる〜
 その日の帰り、麻里は再び福村の助手席に乗っていた。
 山崎が眠りにつき、麻里の仕事が終わるまで待っていてくれたのだ。そして「送ろう」という短い言葉とともに麻里を車に押し込んだ。

 外は日が落ちてすっかり暗闇に包まれている。
 重厚な車内は、昼間の緊迫感が嘘のように穏やかだった。

 福村は黙ってハンドルを握り、夜の街へと車を走らせている。街灯の光が、交互に彼の完璧な横顔を照らしては闇に溶かしていく。
 ふと暗闇で光る彼の瞳を見つめていると、麻里はなぜか心臓が高鳴っていた。

「今回の件……麻里には随分と無理をさせたな」

 信号待ちの最中、福村が前を向いたままぽつりと呟いた。

「え?」
「山崎さんのパニックの対応も、あの証拠を見つけ出したのも、すべて麻里の力だ。俺一人では、あのチェストの隠し底に辿り着くことすらできなかった。麻里が介護士として山崎さんの心に寄り添い続けてくれたからこそ、手に入った真実だ。……感謝している。ありがとう」

 いつも自信に満ちていた福村が麻里の功績を認め、労ってくれている。その事実が麻里の心をふっと緩ませた。

 八年前、何も言わずに彼の前から逃げ出して介護の世界で生きてきた。その選択は間違っていなかったのだと、彼に認められたような気がした。
 視界がじんわりと熱くなる。

「私こそ……福村先生が、私の言葉を信じて、すぐに動いてくれたから。一人だったら真実を知る機会もなく、万が一あの音声を見つけたとしても、絶望するだけだったでしょうから」

 これまでの緊張から完全に力が抜け、麻里はシートに深く身体を預けた。

「ありがとうございます、福村先輩……」

 無意識のうちに、かつて彼を追いかけていた頃の呼び名が口をついて出た。

 キッと微かなブレーキ音とともに、車が路肩に滑り込んで停車する。驚いて麻里が顔を上げると、福村がハンドルから手を放し、上半身をこちらへと完全に向けてじっと麻里を見つめていた。
 銀縁眼鏡の奥の瞳が熱く揺れている。

「先輩……?」
「やっと、自然にそう呼んだ」

 福村は満足そうに薄い唇を微かに上げて微笑んだ。その表情は八年前から変わっていない。

「きゅ、急に車を止めるから、びっくりしました」
「お前が頑なに俺を『先生』と呼ぶからだ。無理やり強制しても、すぐもとに戻る」

 福村は腕を伸ばし、麻里の横髪にそっと触れた。指先が耳の輪郭をなぞり、そのまま頬へと滑り落ちていく。指先からじわりと伝わる彼の体温に、麻里の身体がかすかに震えた。

「福村先輩、あの……」
「もう、麻里をあの頃のように離すつもりはない」

 福村の声がいつもより低く、耳の奥で甘く響く。顔をそらしたいのに、彼の指先に導かれるように麻里は前を向かされる。
 お互いの息遣いが触れ合うほどの至近距離で、その熱い視線が麻里の瞳を射抜いた。

「八年前、麻里が突然俺の前から消えた時、俺がどれほど絶望したか……想像もつかないだろう。法のもと、何でもコントロールできると傲慢になっていた俺への天罰かと思ったほどだ。俺は麻里が退学した原因を必死になって探した。そしてミツルギ重工の事件へとたどり着いたんだ」
「え?」

 福村が語る八年前の話。麻里は寝耳に水だった。

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