【長編版】冷徹弁護士の甘い執着〜八年前の初恋相手に、もう一度捕らわれる〜
 同居生活が始まってから数日が経過した。
 正樹の言葉通りこのマンションは安全だった。外の喧騒は一切届かないし、不審な影が近づく気配すらない。

 しかしその安全性と引き換えに、麻里は「やることのなさ」に直面していた。
 介護士としての仕事を一時的に失い、広い部屋の中でただ正樹の帰りを待つだけの日々。

 暇をもて余していた麻里とは反対に、正樹はシンセイ開発との交渉に向けた法的書類の作成等で多忙を極めていた。
 夜遅く疲れを滲ませて帰宅する正樹の姿を見るたびに、麻里の胸には申し訳なさと無力感でいっぱいになる。

(正樹さんは、ミツルギ重工や山崎さん、そして私のために戦ってくれているのに……私は守られているだけで何も出来ていない)

「……なーんて、考えてもへこむだけよね」

 麻里は頭を振って、頬をパンと叩いた。
 その時、リビングの奥にあるキッチンが目に入った。何気なく冷蔵庫を開けると、正樹が手配したケータリングの料理や食材がぎっしりと詰まっている。

「せめてご飯でも作ろうかな。正樹さんが少しでも栄養を摂れるように……」

 麻里は腕をまくると、最新の調理器具の使い方に少し戸惑いながらも調理を始めた。
 作ったのは煮物と焼き魚とすまし汁という平凡な夕飯だ。

(なんならケータリングの食材をちょっとアレンジしただけのやつもあるし)

 苦笑しながら出来上がった食事を眺める。
 久しぶりに無心で作業が出来た麻里の表情は晴れやかだった。



 深夜の十二時を回る頃、カチリと玄関の鍵が開く音が響いた。

「おかえりなさい」

 疲れた表情でネクタイを少し緩めながら入ってきた正樹は、玄関で出迎えた麻里に少し目を丸くしていた。

「……ただいま」

 その言葉がどこかくすぐったい。

「あの、毎日遅くまでお疲れさまです。今日は私が勝手にお夕飯、作っちゃいました。お口に合うか分からないですけど、温め直しますね」

 照れ隠しのように早口で告げると、正樹は口をポカンと開け、そのまま目を輝かせた。
 そして持っていた荷物を床に落とすと、そのまま麻里を抱き締める。

「ま、正樹さん!? ど、どうしたんですか?」
「すまない。……麻里が俺の帰りを家で待っていてくれたのが堪らなくて。その上俺のために料理を作ってくれていたなんて……夢か?」

 耳元で囁かれた正樹の声は、喜びに満ちていた。

(こんなに喜んでもらえるなんて……。弁護士は孤独な職業だものね。特に企業代理人なんて)

 大学時代、完璧な正樹に憧れのような恋心を抱いていた麻里。けれど目の前の彼は、憧れよりも愛おしさに溢れていた。
 麻里は思わず彼を抱き締めた。

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