【長編版】冷徹弁護士の甘い執着〜八年前の初恋相手に、もう一度捕らわれる〜
(そういえば正樹さんは、山崎さんについてある程度調査してから訪問してきたわけだけど……)

 ふと正樹が山崎を追及していた時のことを思い出した。

『貴方は自分で仰ったように、送金された金に一切手をつけていないようですね。なぜでしょう?』

 おそらく彼は弁護士会照会制度を利用して、銀行から山崎の口座の取引履歴を入手したのだろう。
 そこまで考えた時、麻里は閃いた。

(そうよ。木下がミツルギ重工を裏切った理由がなんであれ、必ず金が動いているはずだわ。だって、人間を動かすには対価が必要だから)

「……正樹さん」
「どうした?」

 麻里の静かな声に、正樹がわずかに首を傾げた。

「木下という弁護士が八年前からシンセイ開発と繋がっていたのだとしたら……山崎さんを直接脅した人達を動かしたのも、その人が裏で糸を引いていた可能性はありませんか?」
「可能性は極めて高いな。木下は裏の人間を動かすパイプ役として重宝されていたフシがある。シンセイ側ではなくミツルギ側にいたから、動きやすさもあっただろう。それを見込んでシンセイ側にスカウトされていた可能性もあるな」

 正樹が「それがどうかしたのか?」というように片眉をひょいと上げる。
 麻里は思わず正樹の肩をつかんだ。

「もしそうなら、木下の口座を調べればボロが出るかもしれません。法律の書類や企業の取引履歴は巧妙に消されているかもしれませんが、金の流れはもう少し追いやすいと思うんです。山崎さんを脅しに来た人は、必ず『口封じ代』や『裏報酬』を受け取っているはずです。木下自身だって、シンセイ開発から報酬を得ているはずですし」

 麻里の言葉に正樹の動きがぴたりと止まった。眼鏡の奥の瞳が、わずかに細められる。

「……裏報酬、か」
「はい。調べてみる価値はあると思うんです」

 しばらくの間、正樹は何も言わずにじっと考え込んでいた。

「……なるほど」

 正樹の唇から、低くい声が漏れる。

「確かに企業の財務諸表や開示された口座は追っていたが、そこは盲点だった。木下個人、あるいは奴が設立に関与したペーパーカンパニーの『使途不明金』。そこに焦点を絞れば、木下が関与した証拠が出てくる可能性があるな」

 正樹はスッと立ち上がると、足早に書斎へと戻っていく。
 扉が開かれたままのそこを麻里がちらりと覗くと、彼は通話で部下に何かを指示していた。

「……麻里、ありがとう。君のおかげで道がひらけそうだ」

 通話を終えた彼は、立ち尽くしていた麻里の手を力強く握った。

「木下……今度こそ尻尾を掴んでやる」

 正樹は鋭く目を細め、不敵な笑みを浮かべていた。
 間近でその表情を見ていた麻里は、自分へ向けられたものではないのに背筋に寒気が走った。

(正樹さんのこの表情、一度だけ見たことある……)

 大学時代、先輩たちの模擬裁判を見学した際、同じような表情をしていた。
 人権を蔑ろにするような発言をした相手に対して、この表情の正樹が、完膚なきまでに叩きのめしていた。

(敵に回すと恐ろしいけれど、味方なら頼もしいってことよね……?)

「どうかしたか?」 

 麻里が内心苦笑していると、正樹が怪訝そうに首を傾げた。

「い、いえ。何でも……」
「そうか?」

 麻里が誤魔化すように笑みを浮かべると、彼もにっこりと口角を上げた。

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