【長編版】冷徹弁護士の甘い執着〜八年前の初恋相手に、もう一度捕らわれる〜
「にもかかわらず、お二人が信頼して証拠を預けてくださったことに感謝します。……それに、ここにいる佐倉さんがいなければ、取り返しのつかないことになるところでした。僕は佐倉さんにも感謝しています」

 と麻里に言葉を向けた。

「そんな……私、私はなにも……」

 言葉が続かなかった。視界が涙で激しく滲み、ポロポロと大粒の涙が頬を伝って落ちていく。
 正樹がハンカチを差し出してくれたが、それでは拭いきれないほど涙が溢れた。

 八年前、大学を突然中退せざるを得なくなり、大切な夢も、法学への情熱も、そして正樹への想いも、すべてを諦めた。
 介護士としての生活はやりがいもあったが、「努力が無駄になった」という劣等感を抱え続けていたのだ。

(でも、そうじゃなかった)

 もがき続けて、今、山崎さんの平穏を取り戻すことができた。人の役に立つことが出来た。
 自分が歩んできた八年間は、決して無駄ではなかった。あの苦しい日々があったからこそ、山崎さんの痛みに気づき、力になることができたのだ。

「山崎さんの思いが報われて……本当によかったです……私も、すごく嬉しいっ!」

 麻里は涙をぬぐい、二人に笑顔を向けた。
 画面越しだったが、四人で笑い合う時間は本当に幸せだった。



 その日の夜。麻里がソファーでくつろいでいると、背後から静かな足音が近づいてきた。
 振り返ると書斎での作業を終えた正樹が立っていた。手にはワインとグラスを二つ持っている。

「一杯どうだ?」

 麻里が微笑んで頷くと、正樹は麻里の横に腰を下ろした。

「麻里がやってきたことは、何一つ間違っていなかった」

 正樹の低く落ち着いた声がリビングに響く。

「山崎さんに寄り添い続けたから、彼は救われ、その家族からも感謝された。胸を張って良い。……俺の言った通りだっただろう?」
「正樹さん……ありがとうございます」

 二人でグラスを掲げてワインを飲む。
 心地よい渋みと爽やかな酸味が喉を通り抜けていく。
 ふと隣を見ると、正樹も満ち足りた表情でワインの香りを楽しんでいた。

(正樹さんはいつも、私のことを気にかけて、こうして共に喜んでくれる)

 麻里は思わず口を開いた。

「あの、さっきのですけど……私が山崎さんに寄り添い続けられたのは、正樹さんが来てくれたからですよ」
「うん?」

 正樹が不思議そうな表情で麻里を見つめた。

「だって、ただの介護士だった私の話を聞いてくれたじゃないですか。他の弁護士だったら『毎日山崎さんの家に来い』とか『もっと調査しろ』なんて戯言、無視していたと思います。だから、正樹さんのおかげです」

 麻里が「ありがとうございます」と頭を下げると、ぽかんとしていた正樹がふっと笑みを溢した。

「麻里の真っ直ぐなところ、本当に変わらないな。そうか……そのお礼は素直に受けとるよ。麻里の役に立てるなんて、八年前では考えられなかったな」

 正樹はくしゃりと笑うともう一度ワインに口をつけた。

 二人が一杯飲み終わる頃、正樹のスマホがブルブルと震えた。
 メッセージを確認した彼の目が鋭く光る。

「なにかあったんですか?」
「山崎さんの件は解決した。だが、まだすべてが終わったわけではない。……シンセイ開発は社会的制裁を受けたが、ミツルギ重工への賠償はない」
「民事訴訟、ですね……」
「当然だ。八年前、ミツルギ重工を陥れた奴らには、本当の代償を支払ってもらう。麻里だって、このままでは消化不足だろう?」

 正樹は楽しそうに麻里に微笑みかける。
 先程の柔らかい笑みではない。燃えるような闘志が溢れていた。
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