【長編版】冷徹弁護士の甘い執着〜八年前の初恋相手に、もう一度捕らわれる〜
5.平穏
正樹の宣言通り、ミツルギ重工を原告としたシンセイ開発への総額数十億円に上る損害賠償請求訴訟――民事訴訟が提起された。
しかしシンセイ開発側が提出してきた答弁書は、いまだに「完全拒否」の姿勢を崩していなかった。
『刑事事件における容疑については現在司法の場で争っている最中であり、法人としての組織的関与は一切存在しない。原告側の主張する損害賠償請求については、その因果関係が極めて不透明であり、請求の棄却を求める。また、当該弁護士への報酬に関しても、正当なコンサルタント業務への対価であり、会社が不法行為を指示した事実は皆無である』
裁判所に提出されたその書面をデスクに並べ、麻里は小さくため息をついた。
「刑事であれだけの証拠が出て、逮捕者まで出ているのに……民事ではまだこんなに強気なんですね。会社とは関係ない、の一点張りで……」
「単なる悪あがきだろう」
正樹はデスクに向かったまま、流れるような手つきでキーボードを叩き、次回の期日に向けた準備書面を構築していく。
「木下は刑事で有罪になる可能性を認めつつも、民事での巨額の賠償だけは免れようとしている。法人としての関与を否定し続ければ、シンセイ開発の資産を守り、自分への罪の追及を少しでも薄められると考えたのだろう」
正樹は淡々と口頭弁論や弁論準備手続きをこなしていった。
けれど、弁護士と裁判官のみでの話し合いは神経を使うのだろう。回数を重ねるにつれて、少しずつ正樹に疲労の色が見え始めていた。
「正樹さん、私もお手伝いします」
正樹は事務所での執務に留まらず、マンションに戻ってからも深夜まで書類の精査に追われていた。だから麻里は少しでも正樹の負担を減らそうと、手伝いを申し出た。
麻里は彼の指示に従い、ミツルギ重工の当時の財務データや木下のペーパーカンパニーから流れた資金の時系列をノートPCに打ち込んでいく。
(少しはお役に立てたと思っていたけれど、裁判に関しては正樹さんにお任せするしかない。私は……ただ言われたデータを打ち込むことしかできない)
世間では、ミツルギ重工情報流出事件は真相が明らかになり、すでに解決したような報道が流れている。
けれど、現実はまだ解決にはほど遠い。
(まだ弁論準備手続きは続くし、当事者尋問だってある。判決が下って、賠償金が支払われるのなんて相当先よ)
その上、こんなにも長い時間をかけて賠償金を受け取ったところで、ミツルギ重工が苦境に喘いだ八年間は変わらない。業績だってすぐには戻らないだろう。
(それでも正樹さんは会社のために最善を尽くしている)
「はぁ……」
毎晩遅くまで仕事をしている正樹を見ているのに、麻里が手伝えることは僅かだけ。その状況が歯がゆかった。
しかしシンセイ開発側が提出してきた答弁書は、いまだに「完全拒否」の姿勢を崩していなかった。
『刑事事件における容疑については現在司法の場で争っている最中であり、法人としての組織的関与は一切存在しない。原告側の主張する損害賠償請求については、その因果関係が極めて不透明であり、請求の棄却を求める。また、当該弁護士への報酬に関しても、正当なコンサルタント業務への対価であり、会社が不法行為を指示した事実は皆無である』
裁判所に提出されたその書面をデスクに並べ、麻里は小さくため息をついた。
「刑事であれだけの証拠が出て、逮捕者まで出ているのに……民事ではまだこんなに強気なんですね。会社とは関係ない、の一点張りで……」
「単なる悪あがきだろう」
正樹はデスクに向かったまま、流れるような手つきでキーボードを叩き、次回の期日に向けた準備書面を構築していく。
「木下は刑事で有罪になる可能性を認めつつも、民事での巨額の賠償だけは免れようとしている。法人としての関与を否定し続ければ、シンセイ開発の資産を守り、自分への罪の追及を少しでも薄められると考えたのだろう」
正樹は淡々と口頭弁論や弁論準備手続きをこなしていった。
けれど、弁護士と裁判官のみでの話し合いは神経を使うのだろう。回数を重ねるにつれて、少しずつ正樹に疲労の色が見え始めていた。
「正樹さん、私もお手伝いします」
正樹は事務所での執務に留まらず、マンションに戻ってからも深夜まで書類の精査に追われていた。だから麻里は少しでも正樹の負担を減らそうと、手伝いを申し出た。
麻里は彼の指示に従い、ミツルギ重工の当時の財務データや木下のペーパーカンパニーから流れた資金の時系列をノートPCに打ち込んでいく。
(少しはお役に立てたと思っていたけれど、裁判に関しては正樹さんにお任せするしかない。私は……ただ言われたデータを打ち込むことしかできない)
世間では、ミツルギ重工情報流出事件は真相が明らかになり、すでに解決したような報道が流れている。
けれど、現実はまだ解決にはほど遠い。
(まだ弁論準備手続きは続くし、当事者尋問だってある。判決が下って、賠償金が支払われるのなんて相当先よ)
その上、こんなにも長い時間をかけて賠償金を受け取ったところで、ミツルギ重工が苦境に喘いだ八年間は変わらない。業績だってすぐには戻らないだろう。
(それでも正樹さんは会社のために最善を尽くしている)
「はぁ……」
毎晩遅くまで仕事をしている正樹を見ているのに、麻里が手伝えることは僅かだけ。その状況が歯がゆかった。