【長編版】冷徹弁護士の甘い執着〜八年前の初恋相手に、もう一度捕らわれる〜
(あの頃は楽しかったな。考え方は違っていたけれど、先輩はいつも私の未熟な意見をしっかり聞いてくれていた……。それが嬉しくて、どんどん先輩のことを好きになっていったっけ)

 けれど福村は、冷徹なプロの交渉人として突如麻里の前に現れた。

『妨害は業務妨害罪に問われる可能性があるが、理解しているか』

 山崎を犯罪者だと決めつけ、強圧的に署名を迫ったあの鋭い眼光。それは山崎を守ろうとした麻里にも向けられていた。
 思い出すだけで、麻里の背中には冷たい汗が流れる。

 だが、今の麻里はただ守られるだけの学生ではない。法律のプロではないけれど、利用者の心と身体に寄り添い、その尊厳を守るために働いている介護士なのだ。
 福村が何を言ってきても、その姿勢だけは崩さない。

「よしっ……」

 麻里は小さく声を出し、自分の両頬を軽く叩いた。
 山崎の事理弁識能力が揺らぎやすい夕方の時間帯に、強引な法的交渉などさせない。もし福村が先日と同じように強硬な手段に出るつもりなら、今度こそ介護職としての矜持に懸けて、徹底的に立ちはだかる覚悟だった。

(訴えられたって構わないわ! こちらは山崎さんの権利を守るのが優先よ)

「佐倉さん、なんだか今日は一段とそわそわしているねえ。この後予定でもあるのかい?」

 窓際の特等席である一人掛けのソファーに深く腰掛けた山崎が、のんびりとした声を上げた。両手で温かい湯呑みを包み込み、穏やかな微笑みを麻里に向けている。

(山崎さん、今はすごく落ち着いているわ。まるでこの間の出来事なんて無かったみたい)

 数日前、福村が去った後に見せたあの絶望に満ちた表情や、「私がやった」という悲痛な告白が嘘だったかのように、今の山崎は凪いでいた。
 認知障害の症状は時間や環境によって驚くほど変化する。今の彼は、過去の重い因縁など何一つ覚えていない、ただの物静かな老人にしか見えなかった。

「すみません。ちょっと、これから大切なお客様がいらっしゃるんです。山崎さんのお話を聞きたいという方で……一緒にお話ししてくれますか?」
「お客様? おや、我が家にかい? 珍しいこともあるもんだ。全然構わないよ」

 不思議そうに首を傾げる山崎の姿に、麻里の胸がズキリと痛む。
 この無防備な老人を、先日と同じ苦境に立たせるわけにはいかない。麻里がそっと山崎の肩に触れようとした、その時だった。

――ピンポーン。

 この間と同じ、冷徹な機械音が静かな邸宅に響き渡る。
 麻里の身体がびくりと強張った。ついに来たのだ。

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