【長編版】冷徹弁護士の甘い執着〜八年前の初恋相手に、もう一度捕らわれる〜
「お客様がいらしたみたいです。山崎さん、ちょっと待っていてくださいね」
麻里はエプロンの皺をさっと伸ばし、一つ深く息を吸ってから玄関へと向かった。一歩進むごとに、心臓の鼓動が大きく跳ねる。
扉の前に立ち、ドアノブに手をかける。いつもより扉が重たい。
指先が微かに震えているのを自覚し、ぎゅっと力を込めてそれを誤魔化した。
「はい」
静かにドアを開ける。
そこに入り込んできたのは、以前と同じ冷ややかな空気。
そして――。
「鳳法律事務所の福村です。お約束した通り、山崎徳三郎氏との面会に伺いました」
そこに立っていたのは福村だった。
この間とよく似た仕立ての良いジャケットに完璧に結ばれたネクタイ。
銀縁眼鏡の奥でこちらを冷淡に見下ろす、氷のように美しい瞳が麻里を貫く。
福村正樹は、一分の隙もない「大企業の代理人」の顔をしてそこに佇んでいた。
「……お待ちしておりました、福村先生。どうぞ、お入りください」
麻里はあえて「先輩」とは呼ばず、ビジネスライクなトーンを徹底して声を返した。
今の自分たちは、過去の思い出に浸る関係ではない。それぞれの専門性を背負った、対等なプロフェッショナル同士であるべきだから。
麻里のその態度に、福村は一瞬だけ眉をピクリと動かしたように見えた。しかし、すぐに事務的な表情に戻り、「失礼します」と短い低音を残して革靴を脱ぎ、家の中へと踏み込んだ。
福村が居間へと足を踏み入れた瞬間、部屋全体の空気が一変した。
どこか温かみのあった居間が、まるで一瞬にして裁判所の法廷にでもなったかのようだ。
それほど彼の放つオーラは圧倒的で、他者を寄せ付けない威厳に満ちていた。
「おや、どちら様で……」
窓際でリラックスしていた山崎が、入ってきた福村を見上げて怪訝そうに目を細める。
すると山崎の膝の上の手が、わずかに震え始めた。この間の恐怖の記憶が、かすかに脳裏をよぎったのかもしれない。
「山崎徳三郎さん。ミツルギ重工代理人の福村です。本日は、先日お話しした件について再度ご説明に伺いました」
福村は山崎の正面にあるソファーに躊躇うことなく腰を下ろした。鞄を傍らに置き、長い指先で眼鏡のブリッジを軽く押し上げる。
その一連の動作の優雅さに、麻里は不覚にも一瞬目を奪われそうになったが、すぐに首を振って自らを律した。
彼の言葉遣いは前回よりも丁寧だが、それは「絶対に合意を得る」という決意の表れに感じられた。
(ボーッとしてる場合じゃない。私は私の仕事をするのよ)
麻里は山崎のソファーのすぐ隣に椅子を引き、そこへ腰を下ろす。福村と山崎のちょうど中間だ。
「どうぞ」
そしてテーブルの上の湯呑みを福村の前へと押し出し、まっすぐな視線を彼にぶつけた。
「福村先生。本日の面談を始める前に、一介の介護士として、そして山崎さんのケアマネージャーおよびご家族から本日の対応を委託された立場として、一言申し上げます」
麻里の声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
法学部の図書室で、難しい判例について先輩と議論していた頃の感覚が、信じられないほどの鮮明さで蘇ってくる。
福村は書類を取り出そうとしていた手を止め、スローモーションのようにゆっくりと顔を上げた。眼鏡の奥の瞳が、面白みを感じていない冷徹な光を帯びて麻里を射抜く。
「佐倉さん、一介の訪問介護員が、弁護士の法的職務に対してどのような『介入』をされるおつもりですか?」
福村に名字で呼ばれたことに、麻里が単なる介護員であるという線引きがなされた気がした。
しかし、ここで怯むわけにはいかない。
「『介入』ではなく『サポート』です。私はそのためにいるのですから」
麻里はエプロンの皺をさっと伸ばし、一つ深く息を吸ってから玄関へと向かった。一歩進むごとに、心臓の鼓動が大きく跳ねる。
扉の前に立ち、ドアノブに手をかける。いつもより扉が重たい。
指先が微かに震えているのを自覚し、ぎゅっと力を込めてそれを誤魔化した。
「はい」
静かにドアを開ける。
そこに入り込んできたのは、以前と同じ冷ややかな空気。
そして――。
「鳳法律事務所の福村です。お約束した通り、山崎徳三郎氏との面会に伺いました」
そこに立っていたのは福村だった。
この間とよく似た仕立ての良いジャケットに完璧に結ばれたネクタイ。
銀縁眼鏡の奥でこちらを冷淡に見下ろす、氷のように美しい瞳が麻里を貫く。
福村正樹は、一分の隙もない「大企業の代理人」の顔をしてそこに佇んでいた。
「……お待ちしておりました、福村先生。どうぞ、お入りください」
麻里はあえて「先輩」とは呼ばず、ビジネスライクなトーンを徹底して声を返した。
今の自分たちは、過去の思い出に浸る関係ではない。それぞれの専門性を背負った、対等なプロフェッショナル同士であるべきだから。
麻里のその態度に、福村は一瞬だけ眉をピクリと動かしたように見えた。しかし、すぐに事務的な表情に戻り、「失礼します」と短い低音を残して革靴を脱ぎ、家の中へと踏み込んだ。
福村が居間へと足を踏み入れた瞬間、部屋全体の空気が一変した。
どこか温かみのあった居間が、まるで一瞬にして裁判所の法廷にでもなったかのようだ。
それほど彼の放つオーラは圧倒的で、他者を寄せ付けない威厳に満ちていた。
「おや、どちら様で……」
窓際でリラックスしていた山崎が、入ってきた福村を見上げて怪訝そうに目を細める。
すると山崎の膝の上の手が、わずかに震え始めた。この間の恐怖の記憶が、かすかに脳裏をよぎったのかもしれない。
「山崎徳三郎さん。ミツルギ重工代理人の福村です。本日は、先日お話しした件について再度ご説明に伺いました」
福村は山崎の正面にあるソファーに躊躇うことなく腰を下ろした。鞄を傍らに置き、長い指先で眼鏡のブリッジを軽く押し上げる。
その一連の動作の優雅さに、麻里は不覚にも一瞬目を奪われそうになったが、すぐに首を振って自らを律した。
彼の言葉遣いは前回よりも丁寧だが、それは「絶対に合意を得る」という決意の表れに感じられた。
(ボーッとしてる場合じゃない。私は私の仕事をするのよ)
麻里は山崎のソファーのすぐ隣に椅子を引き、そこへ腰を下ろす。福村と山崎のちょうど中間だ。
「どうぞ」
そしてテーブルの上の湯呑みを福村の前へと押し出し、まっすぐな視線を彼にぶつけた。
「福村先生。本日の面談を始める前に、一介の介護士として、そして山崎さんのケアマネージャーおよびご家族から本日の対応を委託された立場として、一言申し上げます」
麻里の声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
法学部の図書室で、難しい判例について先輩と議論していた頃の感覚が、信じられないほどの鮮明さで蘇ってくる。
福村は書類を取り出そうとしていた手を止め、スローモーションのようにゆっくりと顔を上げた。眼鏡の奥の瞳が、面白みを感じていない冷徹な光を帯びて麻里を射抜く。
「佐倉さん、一介の訪問介護員が、弁護士の法的職務に対してどのような『介入』をされるおつもりですか?」
福村に名字で呼ばれたことに、麻里が単なる介護員であるという線引きがなされた気がした。
しかし、ここで怯むわけにはいかない。
「『介入』ではなく『サポート』です。私はそのためにいるのですから」