聖女の力のない令嬢の織った布に、冷徹公爵は恋をした。
リディアはしばらく呆然としていたが、エレナに背中をそっと押されて我に返った。エレナは何も言わなかった。ただ、頑張れ、と言うような目をしていた。
リディアはアルシェの後を追った。
廊下に出た瞬間、広間の喧騒が遠くなった。二人の足音だけが石の床に響いた。
「……閣下」
「何だ」
「なぜ、あんなことを」
アルシェは足を止めなかった。
「あんなこととは何だ」
「庇ってくださったでしょう」
少し間があった。アルシェの歩調が、ほんのわずかに緩んだ。
「事実を言っただけだ」
「でも」
「あなたは技法を復元しつつある。それは事実だ。事実でないことは言っていない」
リディアは歩きながら、アルシェの横顔を見た。真っすぐ前を向いている。耳の端が、心なしか赤かった。
胸の奥で、何かが静かに、大きく揺れた。
泣かないと決めていた。広間では耐えた。だが今、人目のない廊下で、アルシェの横顔を見ていたら、こらえていたものが少しだけ緩んだ。