眼鏡フェチがバレたら、税理士さんに甘く逃げ道を塞がれました

 瀬戸さんお気に入りのお店は、商業ビルの上階にある和食店だった。木造の店内にはスーツ姿がちらほらと見える。客席同士の間隔が広めのテーブル席で注文を済ませると、少しして料理が運ばれてきた。
 焼き魚と豚汁の昼御膳を注文した私は、湯気の立つ具だくさんの汁をすすった。

「ああ、お味噌って美味しい……染みる……」

 思わずほうっと息をつくと、目の前で銀だらの西京焼き御膳に箸を入れていた彼が口元を緩めた。

「ゼリー飲料で済まそうとしていた人とは思えませんね」
「……せっかくのご厚意を無駄にしないようにと思いまして」
「わかっていますよ。お誘いしてよかったです」

 瀬戸さんはお箸の持ち方もとても綺麗で、食事中でも姿勢正しくかっちりしている。

「私としても、一緒に食事する相手がいた方がいいので」
「いつもおひとりなんですっけ?」
「ええ、大抵は」

 焼き魚を綺麗に骨にしていく美しい所作を眺めつつ、ほうれん草のおひたしに手をつける。

(なんか……いちいち瀬戸さんが輝いて見える)

 どうやら、眼鏡のせいで気付いてしまったみたいだ。彼の魅力も、これまで受け取っていた優しさや気遣いも。ひとりの男性から向けられるものとして妙に意識してしまう。

(他のクライアントにもこんなに親切なのかな。というか……)

 自然と、彼がお椀を持つ左手に目がいく。薬指に何もないことを、どうして確認しているのだろう。

(っ、だめだめ)

 ――もしこの気持ちを恋に変えて、もしその恋が終わってしまったとしたら。
 私の性格的に、気まずくて引き続き仕事を頼むなんて絶対出来ない。それはつまり、私の仕事の裏側も、普段の私のだらしなさも全部を知って叱ってくれる、頼れる税理士を失う大きなリスクとなる。そんなの絶対だめだ。

(……今こんなにドキドキしてるのは、私が眼鏡フェチだから。別に瀬戸さんが特別だからじゃない)

 自分にそう言い聞かせながら粒の立ったごはんを口に運んだ時――
 瀬戸さんがお味噌汁に顔を近付けて、「おっと」と小さな声をあげた。いつもコンタクトの彼は、今日が眼鏡だということを忘れていたのか、レンズが湯気で曇っている。

「……ふふっ」

 いつも隙がない瀬戸さんのそんな姿に思わず声をこぼすと、外した眼鏡を拭いながら彼が首を傾げる。

「そんなにおかしかったですか?」
「すみません。瀬戸さんはやっぱりコンタクトのほうがいいと思いますよ」
「……そうでしょうか」
「絶対そうです」

 熱い汁物でうっかり眼鏡が曇るような可愛いテンプレは、眼鏡フェチなら“誰だって”キュンとする。来月はまたすぐに来るだろうけど、忙しくしていればこの甘い気持ちもきっと薄れるはずだ。次に会う時は、彼だっていつもみたいにコンタクトだろう。
 今を乗り切ればいいだけ。この気持ちに、気付かなかったふりをすればいいだけだ。

(だから、美味しいご飯に集中!)

 そんな風に思って瀬戸さんから視線を外した私は、彼が目を細めてこちらを窺っていることに気付きもしなかった。
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