それは面倒で。 でも愛しくて。
ドーナツをもぐもぐと味わいながら蜜葉を待つ。
コーヒーを持って帰ってきた蜜葉は、向かいに座ってすいません、と頭を下げた。
「待ちましたか?」
「いいえ。今来たところでした。そもそも時間は約束してなかったんですから、そんなこと気にしないでくださいよ」
「でも、心配したんじゃないですか。昼過ぎにはいる、と言ったのにいなかったから」
なんでわかるんだ。ぐっと押しだまり、ゆっくり頷いた。
「ですよね。鈴華さんはそーゆー人だと思いました」
「そーゆー人って?」
「優しい人ってことです。お詫びに何か奢りますよ。ケーキ食べますか」
「今、ドーナツ食べてるので。でも季節限定の苺ケーキはおいしそうでしたね」
「買ってきますね」
蜜葉はいそいそと財布を持ってカウンターに行ってしまった。あたしは最後のドーナツの一欠をぱくりと頬張る。ケーキ。楽しみ。この店のスイーツはどれもこれも美味しそうで迷ってしまうが、結局いつもチョコレートドーナツを選んでしまう。冒険ができないタイプなのだ。カフェオレを飲みながらケーキの登場を待つ。
しかし蜜葉が帰ってこない。混んでるのかな。身を乗り出してカウンターを覗き見た。唖然とした。蜜葉が二人組の美女にナンパされている。
化粧をしっかりした、男慣れしていそうなキラキラ女子だ。オフショルダーの春ニットに、スキニーパンツというちょっとセクシーな格好をしている美女たちは、蜜葉に近寄り腕に触れ、「少しお話しましょうよ」と引っ張っている。美女の手が癖っ毛に触れ「髪柔らかいー」と女特有の甘い声でちょっかいをかける。手にケーキの載ったトレーを持った蜜葉は困り顔で曖昧に微笑む。
あたしはむっとする。
頬杖をついてじとっと様子を見つめながら蜜葉が来るのを待った。蜜葉は後退りしているが、美女たちはその分前進する。言い寄られ、蜜葉が壁に追いやられると、あたしは立ち上がりカツカツとパンプスの音を響かせ近づく。その音に、美女がつい、とあたしを見た。あたしは怯まず、美女を押しのけ蜜葉の腕に腕を絡めた。
「蜜葉。ケーキ買えた?」
猫撫で声で擦り寄る。蜜葉は瞠目し、狼狽え耳を赤くする。
「か、買えた」
「美味しそう。早く行きましょ」
あたしはケーキの載ったトレーをさっと取り片手で持って、もう片方の手は蜜葉の腕に絡めたまま奥の席に戻る。背中に美女たちの視線が突き刺さって痛かったが、蜜葉の先約はあたしだ。
椅子に座ってケーキを置くと、蜜葉は「助けてくれてありがとうございます」とあたしを興味深げにじろじろ見る。
「演技派ですね」
「高校の時、演劇部でした。二カ月ですけど」
発声練習が思いの外きつくて、筋トレもあって途中で断念した部活だ。退部してからはずっと帰宅部だった。
「ナンパ、慣れてないんですか?モテるでしょ?」
女のあしらい方は知ってそうなのに。蜜葉の外見なら、何度も同じような目にあったはずだ。
「苦手です。話の打ち切り方もわからないし、穏やかにかわせればいいのですがどうしたらいいのかわかりません」
蜜葉の言葉にあたしはそうだった、と頷いた。蜜葉は優しい人だ。気遣い上手だ。だから相手を傷つけないよう回りくどい断り方を考え過ぎて立ち往生してしまうのだろう。
「今度から、あたしが断りましょうか。今までのお礼も兼ねて」
「お礼ですか?」
「失恋の痛手を癒してくれているお礼です」
「ああ、そう言えばそうでしたね。じゃあ……遠慮なくお願いします」
「任せてください」
胸を軽く叩き笑うと、蜜葉も可笑しそうにふっと息を吐くように笑った。
あたしは目の前のケーキにやっといただきます、と手を合わせた。ケーキは二切れ。どうやら蜜葉も食べるらしい。そういえば木ノ葉でも、チーズケーキを食べていたなと思い出す。甘いものが好きなのだろうか。
苺にフォークを刺して大口でいただく。甘い果汁が口の中に広がる。次いでスポンジと生クリームも口に運ぶ。柔らかくて、あっという間に口の中で溶けて消える。
ケーキを味わいながら、先程の蜜葉の言葉を思い出す。演技派か。半分演技、半分本音だったような気がする。ぱくぱくとケーキを食べるあたしを見つめ、蜜葉はぽり、と頬を掻く。
「……演技しなくても、名前、呼び捨てでいいですよ」
ケーキから蜜葉に視線を上げると、蜜葉が照れくさそうに笑っていた。あたしの中に、なんとも言えない気持ちが芽生える。
「じゃあ、遠慮なく呼び捨てします。……み、蜜葉」
さらっと呼びたかったのに、つっかえてしまったのがかっこ悪い。あたしは誤魔化すようにカフェオレを一気に飲みきった。蜜葉が頬を緩ませる。
「……敬語もいりません」
あたしは嬉しくて、頬が緩むのを抑えられない。蜜葉と親しくなれるのは素直に嬉しい。
「蜜葉も、呼び捨てでいいわ。敬語も禁止。ね、呼んでみて」
「え」
「早く早く」
「す、鈴華」
蜜葉特有の柔らかい声音が名前を呼ぶ。心にりん、と鈴の音が鳴る。
「うん、なに?」
「……鈴華」
「ふふ。なんか照れるわね」
「すぐ慣れるよ」
「そうね。呼び捨てなんて、友達っぽい」
蜜葉がぐっと言葉に詰まる。友達なんて馴れ馴れしかったかな。あたしは訂正しようと口を開きかけたが、蜜葉が先に言葉を紡ぐ。
「友達、ね。今は、それでもいいけど」
「ん?なに?今は?」
「なんでもない」
ヤケ食いみたいにケーキを大口で食べる蜜葉に、やっぱり距離を縮めすぎたかなと反省する。
元カレの時もそうだった。
コーヒーを持って帰ってきた蜜葉は、向かいに座ってすいません、と頭を下げた。
「待ちましたか?」
「いいえ。今来たところでした。そもそも時間は約束してなかったんですから、そんなこと気にしないでくださいよ」
「でも、心配したんじゃないですか。昼過ぎにはいる、と言ったのにいなかったから」
なんでわかるんだ。ぐっと押しだまり、ゆっくり頷いた。
「ですよね。鈴華さんはそーゆー人だと思いました」
「そーゆー人って?」
「優しい人ってことです。お詫びに何か奢りますよ。ケーキ食べますか」
「今、ドーナツ食べてるので。でも季節限定の苺ケーキはおいしそうでしたね」
「買ってきますね」
蜜葉はいそいそと財布を持ってカウンターに行ってしまった。あたしは最後のドーナツの一欠をぱくりと頬張る。ケーキ。楽しみ。この店のスイーツはどれもこれも美味しそうで迷ってしまうが、結局いつもチョコレートドーナツを選んでしまう。冒険ができないタイプなのだ。カフェオレを飲みながらケーキの登場を待つ。
しかし蜜葉が帰ってこない。混んでるのかな。身を乗り出してカウンターを覗き見た。唖然とした。蜜葉が二人組の美女にナンパされている。
化粧をしっかりした、男慣れしていそうなキラキラ女子だ。オフショルダーの春ニットに、スキニーパンツというちょっとセクシーな格好をしている美女たちは、蜜葉に近寄り腕に触れ、「少しお話しましょうよ」と引っ張っている。美女の手が癖っ毛に触れ「髪柔らかいー」と女特有の甘い声でちょっかいをかける。手にケーキの載ったトレーを持った蜜葉は困り顔で曖昧に微笑む。
あたしはむっとする。
頬杖をついてじとっと様子を見つめながら蜜葉が来るのを待った。蜜葉は後退りしているが、美女たちはその分前進する。言い寄られ、蜜葉が壁に追いやられると、あたしは立ち上がりカツカツとパンプスの音を響かせ近づく。その音に、美女がつい、とあたしを見た。あたしは怯まず、美女を押しのけ蜜葉の腕に腕を絡めた。
「蜜葉。ケーキ買えた?」
猫撫で声で擦り寄る。蜜葉は瞠目し、狼狽え耳を赤くする。
「か、買えた」
「美味しそう。早く行きましょ」
あたしはケーキの載ったトレーをさっと取り片手で持って、もう片方の手は蜜葉の腕に絡めたまま奥の席に戻る。背中に美女たちの視線が突き刺さって痛かったが、蜜葉の先約はあたしだ。
椅子に座ってケーキを置くと、蜜葉は「助けてくれてありがとうございます」とあたしを興味深げにじろじろ見る。
「演技派ですね」
「高校の時、演劇部でした。二カ月ですけど」
発声練習が思いの外きつくて、筋トレもあって途中で断念した部活だ。退部してからはずっと帰宅部だった。
「ナンパ、慣れてないんですか?モテるでしょ?」
女のあしらい方は知ってそうなのに。蜜葉の外見なら、何度も同じような目にあったはずだ。
「苦手です。話の打ち切り方もわからないし、穏やかにかわせればいいのですがどうしたらいいのかわかりません」
蜜葉の言葉にあたしはそうだった、と頷いた。蜜葉は優しい人だ。気遣い上手だ。だから相手を傷つけないよう回りくどい断り方を考え過ぎて立ち往生してしまうのだろう。
「今度から、あたしが断りましょうか。今までのお礼も兼ねて」
「お礼ですか?」
「失恋の痛手を癒してくれているお礼です」
「ああ、そう言えばそうでしたね。じゃあ……遠慮なくお願いします」
「任せてください」
胸を軽く叩き笑うと、蜜葉も可笑しそうにふっと息を吐くように笑った。
あたしは目の前のケーキにやっといただきます、と手を合わせた。ケーキは二切れ。どうやら蜜葉も食べるらしい。そういえば木ノ葉でも、チーズケーキを食べていたなと思い出す。甘いものが好きなのだろうか。
苺にフォークを刺して大口でいただく。甘い果汁が口の中に広がる。次いでスポンジと生クリームも口に運ぶ。柔らかくて、あっという間に口の中で溶けて消える。
ケーキを味わいながら、先程の蜜葉の言葉を思い出す。演技派か。半分演技、半分本音だったような気がする。ぱくぱくとケーキを食べるあたしを見つめ、蜜葉はぽり、と頬を掻く。
「……演技しなくても、名前、呼び捨てでいいですよ」
ケーキから蜜葉に視線を上げると、蜜葉が照れくさそうに笑っていた。あたしの中に、なんとも言えない気持ちが芽生える。
「じゃあ、遠慮なく呼び捨てします。……み、蜜葉」
さらっと呼びたかったのに、つっかえてしまったのがかっこ悪い。あたしは誤魔化すようにカフェオレを一気に飲みきった。蜜葉が頬を緩ませる。
「……敬語もいりません」
あたしは嬉しくて、頬が緩むのを抑えられない。蜜葉と親しくなれるのは素直に嬉しい。
「蜜葉も、呼び捨てでいいわ。敬語も禁止。ね、呼んでみて」
「え」
「早く早く」
「す、鈴華」
蜜葉特有の柔らかい声音が名前を呼ぶ。心にりん、と鈴の音が鳴る。
「うん、なに?」
「……鈴華」
「ふふ。なんか照れるわね」
「すぐ慣れるよ」
「そうね。呼び捨てなんて、友達っぽい」
蜜葉がぐっと言葉に詰まる。友達なんて馴れ馴れしかったかな。あたしは訂正しようと口を開きかけたが、蜜葉が先に言葉を紡ぐ。
「友達、ね。今は、それでもいいけど」
「ん?なに?今は?」
「なんでもない」
ヤケ食いみたいにケーキを大口で食べる蜜葉に、やっぱり距離を縮めすぎたかなと反省する。
元カレの時もそうだった。