それは面倒で。 でも愛しくて。
いつも来てくれる元カレは、頼むものも決まっていて、ケチャップオムライスとエスプレッソを好んでいた。特に話しかけることもなく、お客様と店員の関係が続いていたが、常連のおばさまと仲のいいあたしはたまに一緒の席でお話をする。もちろん店主の許可も取ってあるし、時間を持て余したときだけだ。
その様子を見ていた元カレが、エスプレッソを運んだ時に「私ともお話してくれませんか」と誘ってきた。軽い気持ちで頷いて、当たり障りのない話をするうちに、あたしは自然と元カレに心を許し始めていた。
下の名前で呼び合い、短い時間だが話をする。たったそれだけなのに、あたしは元カレに惹かれてしまった。もっと仲良くなりたくて、思い切って連絡先を聞いたらはぐらかされてしまった。
今思えば、元カレにはすでに彼女がいたのだろう。だからすぐに連絡先を教えてくれなかったと今では思う。だって次に木ノ葉に来たときには、IDのメモを注文時にそっと渡してきたのだから。そして連絡したときに、付き合ってほしいとメッセージを貰った。そうだ、告白もメッセージだった。別れもメッセージ。関係を大っぴらにしないのは、都合のいい女にしようとしたからか。
あたしは、メッセージを貰うたびに嬉しくて、お洒落も化粧も頑張ったというのに。
回想にふけっていると、テーブルの上をとんとん、と叩かれはっとする。
蜜葉が苦笑していた。
「元カレのこと、考えてたでしょ」
「え。なんでわかったの?」
「女の顔してたよ」
「え?!」
なにそれ。どんな顔。あたしは顔を両手で隠す。女の顔なんて言われて、蜜葉に見られるのがなぜだか非常に恥ずかしく感じた。
「憂いてた。前にも言ったけどさ、僕といるときは僕のことだけ考えてよ。せめて。それとも僕じゃ鈴華の心には入り込めてないかな」
「そんなことない。蜜葉こそ、ちょっと距離縮めすぎたかなって思ってない?」
「名前呼びのこと?全然思ってない」
「そう?なんか、失敗したなって、ケーキヤケ食いみたいだったから」
「……そーゆーことじゃない」
「なんか機嫌悪い?」
「悪くない」
悪くないと言いつつも、蜜葉の眉間には皺が寄っている。親指で撫でて伸ばしたいくらいだが、恋人でもないのにそんなことはできない。友達ではできない。
蜜葉とは楽しい時間を過ごしたい。
蜜葉の機嫌を直したくて、何か褒め言葉をと思い、あたしは店主の言っていたことを思い出した。
「そうだ。店主がね、蜜葉のことイイ男だけど面倒な臭いがするって言ってた」
「面倒」
あ、しまった。言わなくてもいいことまで言ってしまった。ぐっと口を閉じると、蜜葉が頬杖をついて意地悪そうに笑う。目を細め、口の端がにゅっと上がる。普段との柔らかな雰囲気とのギャップにどきりとして、胸のあたりの服を掴んでしまう。動悸がする。
「鈴華もそう思う?」
声音も意地悪に聞こえて新鮮で、あたしの中の何かがざわつき始める。
「あたしは、思ってなかった、けど」
「けど?」
「……元カレのこともあるし、男見る目ないのかなって思ったら、なんか店主の言葉が腑に落ちるというか」
「なるほど?」
「ごめんなさい。失礼なこと言ったわ」
「いいよ。……あながち、間違ってはない」
「そうなの?蜜葉、面倒なの?」
「……面倒な男ではあるかもしれない」
「そ、そうなんだ」
「お揃いだね」
嬉しくないお揃いだ。でも、あたしから見て蜜葉はとてもイイ男に見える。外見はモデルみたいだし、優しいし、頼りないけどそこにハマる女はきっと星の数ほどいる。
なんとなく蜜葉を眺めていると、蜜葉は目を細めて優しげにあたしを見つめ返す。
「ね、鈴華」
「なに?」
「鈴華に伝えたいことがある。でもそれが鈴華を困らせるようなことにならなければいいなって思うよ」
「蜜葉のことであたしが困るなんてこときっとないわ」
「そう?」
「そうよ」
「そうだといいな」
「今言わないの?」
「頃合いを見てから」
「今でも困らないと思うわよ」
「こっちの心の準備もある」
「気になる」
「今度ね」
蜜葉は残りのコーヒーを飲みきり、あたしがケーキを食べ終わるのを待って一緒にコーヒーショップを後にした。
駅前で別れるとき、蜜葉がぼそっと「夜道なら、送っていくって口実ができたんだけどな」と残念そうに言ったのであたしは笑って「次の約束はもう少し早い時間にしたらもっと話せるわよ」と返した。
蜜葉は苦笑し「鈴華は純粋で鈍感だね」と言い、あたしの頬を片手で包み、その反対の頬に触れるだけのキスをした。
「今日は、まだこれだけでいいよ」
「……」
「じゃあ、またね」
口の端を上げ手を振り駅へと向かう蜜葉を、あたしは真っ赤になりながら頬を抑えて見送った。
その様子を見ていた元カレが、エスプレッソを運んだ時に「私ともお話してくれませんか」と誘ってきた。軽い気持ちで頷いて、当たり障りのない話をするうちに、あたしは自然と元カレに心を許し始めていた。
下の名前で呼び合い、短い時間だが話をする。たったそれだけなのに、あたしは元カレに惹かれてしまった。もっと仲良くなりたくて、思い切って連絡先を聞いたらはぐらかされてしまった。
今思えば、元カレにはすでに彼女がいたのだろう。だからすぐに連絡先を教えてくれなかったと今では思う。だって次に木ノ葉に来たときには、IDのメモを注文時にそっと渡してきたのだから。そして連絡したときに、付き合ってほしいとメッセージを貰った。そうだ、告白もメッセージだった。別れもメッセージ。関係を大っぴらにしないのは、都合のいい女にしようとしたからか。
あたしは、メッセージを貰うたびに嬉しくて、お洒落も化粧も頑張ったというのに。
回想にふけっていると、テーブルの上をとんとん、と叩かれはっとする。
蜜葉が苦笑していた。
「元カレのこと、考えてたでしょ」
「え。なんでわかったの?」
「女の顔してたよ」
「え?!」
なにそれ。どんな顔。あたしは顔を両手で隠す。女の顔なんて言われて、蜜葉に見られるのがなぜだか非常に恥ずかしく感じた。
「憂いてた。前にも言ったけどさ、僕といるときは僕のことだけ考えてよ。せめて。それとも僕じゃ鈴華の心には入り込めてないかな」
「そんなことない。蜜葉こそ、ちょっと距離縮めすぎたかなって思ってない?」
「名前呼びのこと?全然思ってない」
「そう?なんか、失敗したなって、ケーキヤケ食いみたいだったから」
「……そーゆーことじゃない」
「なんか機嫌悪い?」
「悪くない」
悪くないと言いつつも、蜜葉の眉間には皺が寄っている。親指で撫でて伸ばしたいくらいだが、恋人でもないのにそんなことはできない。友達ではできない。
蜜葉とは楽しい時間を過ごしたい。
蜜葉の機嫌を直したくて、何か褒め言葉をと思い、あたしは店主の言っていたことを思い出した。
「そうだ。店主がね、蜜葉のことイイ男だけど面倒な臭いがするって言ってた」
「面倒」
あ、しまった。言わなくてもいいことまで言ってしまった。ぐっと口を閉じると、蜜葉が頬杖をついて意地悪そうに笑う。目を細め、口の端がにゅっと上がる。普段との柔らかな雰囲気とのギャップにどきりとして、胸のあたりの服を掴んでしまう。動悸がする。
「鈴華もそう思う?」
声音も意地悪に聞こえて新鮮で、あたしの中の何かがざわつき始める。
「あたしは、思ってなかった、けど」
「けど?」
「……元カレのこともあるし、男見る目ないのかなって思ったら、なんか店主の言葉が腑に落ちるというか」
「なるほど?」
「ごめんなさい。失礼なこと言ったわ」
「いいよ。……あながち、間違ってはない」
「そうなの?蜜葉、面倒なの?」
「……面倒な男ではあるかもしれない」
「そ、そうなんだ」
「お揃いだね」
嬉しくないお揃いだ。でも、あたしから見て蜜葉はとてもイイ男に見える。外見はモデルみたいだし、優しいし、頼りないけどそこにハマる女はきっと星の数ほどいる。
なんとなく蜜葉を眺めていると、蜜葉は目を細めて優しげにあたしを見つめ返す。
「ね、鈴華」
「なに?」
「鈴華に伝えたいことがある。でもそれが鈴華を困らせるようなことにならなければいいなって思うよ」
「蜜葉のことであたしが困るなんてこときっとないわ」
「そう?」
「そうよ」
「そうだといいな」
「今言わないの?」
「頃合いを見てから」
「今でも困らないと思うわよ」
「こっちの心の準備もある」
「気になる」
「今度ね」
蜜葉は残りのコーヒーを飲みきり、あたしがケーキを食べ終わるのを待って一緒にコーヒーショップを後にした。
駅前で別れるとき、蜜葉がぼそっと「夜道なら、送っていくって口実ができたんだけどな」と残念そうに言ったのであたしは笑って「次の約束はもう少し早い時間にしたらもっと話せるわよ」と返した。
蜜葉は苦笑し「鈴華は純粋で鈍感だね」と言い、あたしの頬を片手で包み、その反対の頬に触れるだけのキスをした。
「今日は、まだこれだけでいいよ」
「……」
「じゃあ、またね」
口の端を上げ手を振り駅へと向かう蜜葉を、あたしは真っ赤になりながら頬を抑えて見送った。