それは面倒で。 でも愛しくて。

心変わり、かも。


 前回の逢瀬から四日が経った。
 あたしは蜜葉からのキスに動揺し、蜜葉に連絡を出来ずにいた。
 あのキスはなに。どーゆー意味を込めたものなの。
 悶々と考え四日目が過ぎた。あたしはやっとコーヒーショップを訪れた。奥の席にはすでに蜜葉がパソコンを開きコーヒーを飲んでいた。あたしは右往左往しながら蜜葉のところに辿り着き、咳払いをしながら向かいの椅子に座る。するとパソコンは閉じられ、柔らかな笑みがあたしを迎えてくれた。
「久しぶりだね」
「四日しか経ってないわよ」
「長く感じた。連絡くれないからさ」
「蜜葉だってくれなかった」
「様子見ようと思ったから」
「い、意地悪じゃない?」
「そう?鈴華、困らなかった?」
「困りは、してない。動揺しただけ」
「なぜ?」
「なぜって。そりゃ」
 キスされたら動揺しないの?恋人でもないのに。友達にキスなんてしないわよね。
 蜜葉はコーヒーを飲みながらあたしの様子を観察している。責められているような気がしたが、その理由がわからない。だってキスされたのはあたし。キスしたのはそっちじゃん。
「蜜葉って帰国子女なの?」  
「なんで?」
「だってこの間、別れ際に挨拶したから」
「挨拶?」
「……き、きす、したわよね」
「挨拶じゃないよ」
「え?じゃあなに?」
「なんだろうね」
 蜜葉の眉間に皺が寄る。
 また機嫌が悪くなった。
 蜜葉はあたしが鈍感だと言ったけど、言いたいことは態度じゃなくてはっきり言葉にしてほしい。
 あたしはテーブルの下の蜜葉の足をぎゅうっと踏んづけてやった。
 蜜葉がテーブルの下の足の状況を見てふはっと吹き出す。
「なんか、踏まれてるけど」
「踏んでるもん」
「踏んでるもんって。はは。なんで?」
「なんででも。なによ。わかった。じゃあ今日はあたしが別れ際に蜜葉にキスするから覚悟しときなさいよ」
 早口でまくし立て、足を引っ込めカフェオレを飲む。勢いをつけて飲んでしまったので、熱くてちょっと咳き込んだ。
「それは、楽しみ」
 頬杖を付いて口元を隠し目線を斜め下に逸らす。蜜葉の癖っ毛から覗く耳が赤い。
 あたしは蜜葉の様子が可愛くて、にやにやしてしまう。
「照れてる?」
「照れてない」
「耳が赤いけど」
「気のせいでしょ」 
「そお?」
 あたしは手を伸ばして指先で赤くなった耳に触れた。蜜葉が微かに震えたが、拒否する反応はない。あたしはそれをいいことに、耳の輪郭をなぞり耳朶を摘み、癖っ毛を耳に掛けてその頬を手のひらで包む。
 蜜葉の温度が直に手のひらを温め、気持ちよくてとても落ち着く。その手を蜜葉の手が抑える。蜜葉は照れながら、口の端をにゅっと上げた。
「積極的だね」
「蜜葉の不意打ちのキスに比べればなんてことないでしょ」
「触り方が」
「触り方?」
「色気あるね」
「い、色気?」
 手を離そうとしたが、蜜葉の手がそれを許さない。
「あの、離して」
「やだね」
「な、なんで」
「鈴華の手が気持ちいいから」
 柔らかい笑みと照れた様子。赤くなった耳に眼鏡の奥の潤んだ目。あたしの胸が締め付けられる。
 蜜葉の手があたしの頬に触れる。
 お互いの手が頬に触れ、体温を感じ、相手から目が逸らせない。
「意地悪してごめんね。だって鈴華が可愛いからさ」
「蜜葉の機嫌が悪くなると悲しいわ。あたしは蜜葉とは楽しい時間を過ごしたい」
「僕も同じ。最初は、泣いてる鈴華を見たとき面倒だなあって、なんで泣いてるの気づいちゃったかなあって困ったんだけどさ、無視できなくて。マフラーとハンカチは寄付する気持ちで鈴華にあげた。きっと鈴華は泣いてるの見られて恥ずかしくて、もうここには来ないと思ったから、僕は安心してここに通ってた。でも君は来た」
「ごめんね」
「いや、いいんだ。律儀なとこには好感を持てたし、ハンカチとマフラーも返ってきたしね」
「ハンカチはまた寄付されたみたいだけど」
「そうだね。それで全部終わりかと思ったんだ。でも鈴華はまた話しかけてきて、コーヒーを奢ると言った。正直もう関わりたくなかったから、そーゆー空気を出したら離れてくれたよね。そこも好感が持てた」
「関わるなオーラが強めだったわよ」
「そうだった?でも、離れた君は泣いてただろ。僕が泣かせてしまったかと思って慌てたんだ。しかもガラス張りの壁際のカウンター席で、外の客に見られてた。その客が、今度は鈴華を慰めるのかと思ったら、なんか嫌でさ。鈴華を最初に見つけたのは僕なのに」
「あのときは、助かったし話を聞いてくれて嬉しかったわ」
「僕の気持ちの匙加減で鈴華を振り回してるだけだよ」
「いいわよ。自分でも面倒だし、蜜葉は優しい」
「鈴華の相手は僕がいいなって思っちゃったんだよ」
「優しすぎるわよ」
「優しさだけじゃないんだけど」
「優しいわよ、蜜葉は」
「いや、そうじゃなくてさ」
 そのとき。
 ピコン、とスマホが鳴った。蜜葉のだ。
 蜜葉はあたしの頬から手を離し、あたしも蜜葉の頬から手を離し引っ込めた。
 画面を確認した蜜葉が苦虫を噛みつぶしたような顔をしてスマホを持って立ち上がる。
「ちょっと電話。ここにいてね。逃げないでよ」
「受けて立つわ」
「何その切り返し」
 ふはっと笑う蜜葉の顔から目が離せない。あたしはカフェオレを飲み気持ちを落ち着かせる。蜜葉はぽんぽん、と頭を撫でて店の外に行ってしまった。
 カフェオレを置き、自分の手のひらを見つめる。蜜葉の頬は温かかった。 
 もう少し触れていたかったな、と手を握る。
 元カレに振られて一月ほど。
 心変わりってこんな簡単にするものなのか。
 きっと蜜葉だから絆された。蜜葉からの押し付けがましくない適度な優しさが、あたしの心に染み渡る。蜜葉じゃないと、触れたいとは思わなかった。
 早く戻ってこないかな。
 なんの電話だろ。仕事かしら。
 奥の席から店のドアの方を見る。ちょうどお客さんが入ってくるのが見えて目を逸らそうとし、二度見した。
 一人は清楚な茶髪の女性。この人のことは知らない。でも。もう一人は知っている。黒髪の背の高い、スーツ姿の男性。あたしの働く喫茶店の常連客。あたしの仕事終わりを待って、二人で食事をして何度もホテルに行った。たったそれだけの関係の、元カレ。
 気づけば吸い寄せられるように立ち上がり、カウンターで注文している元カレのそばに立っていた。女性と注文を迷っているようで、近くに立っているあたしには全く気づいてないようだった。
 腹が立ち、強めに声をかけた。
 
 「あのっ」
 
 
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