それは面倒で。 でも愛しくて。
1Kのこじんまりとした部屋だ。
キッチンと、小さい冷蔵庫の上に電子レンジ、ベッドとコタツにチェスト。そして小さいテレビがあるだけ。つまらない部屋だ。窓は一つ、そこにアパートの前にある花屋で買ったサボテンが置いてある。
蜜葉はお邪魔します、とコタツを見て笑う。
「まだ寒い?」
「コタツは年中出しっぱなしなの。ここで寝るときもあるし」
「ベッドあるのに」
「コタツのほうがよく寝れるの」
「風邪引かないの?」
「引いたことないわ。ほら、適当に座って。今、コーヒー入れるから。ドーナツ半分こしましょ」
コタツのそばに座った蜜葉を見届けて、あたしはヤカンでお湯を沸かす。キッチンの戸棚からまだ使ってなかったカップを取り出し洗って、コーヒーの粉を適当に入れた。
お湯が沸くとカップにお湯を注ぎ、カフェオレとドーナツを持ってコタツの上に置いた。コーヒーを蜜葉の前に差し出すと、蜜葉はありがと、と受け取り口をつけた。蜜葉の向かいに座り、ドーナツを半分にして手渡す。
「いいの?」
「どら焼きのほうがいい?」
「合わないかな」
「合わないわよ」
「じゃあ、遠慮なく」
一口でそれを平らげコーヒーを飲む蜜葉をじっと見る。新しいカップは、いつか元カレが来た時に使おうとして買ったものだった。結局一度も使うことはなかったけど。あたしもドーナツを二口でぺろりと平らげた。
「なんか感慨深い感じでこのカップ見てたけどなんかあるの?」
眼鏡の奥の目が探偵のように探ってくる。
あたしはごふ、とカフェオレでむせた。ティッシュで口元を拭う。蜜葉の視線が、痛い。
蜜葉はなぜか勘がいい。あたしの様子に違和感を感じるとすぐにこうして聞いてくる。あたしはんんっ、と咳払いしおでこに手を当てて項垂れる。
「それ、実は元カレが来たら使おうと思って買ったの。でもそんな機会かなったなって思って」
「へえ」
「ごめん」
「じゃあこれ僕のね。僕はまた来たいし、これでコーヒー淹れてくれる?」
蜜葉の言葉にあたしはぱっと顔を上げた。蜜葉が柔らかい微笑みを浮かべていて嬉しくなる。
「も、もちろんよ」
微笑み合い、これで解決、と思ったのも束の間。
「あとは?」
「え」
「あとは元カレのために買ったものあるの」
尋問が始まった。あたしは頭をフル回転させ元カレのために買ったものを思い出す。
「……」「……」
「……スウェットとか」
「それもちょうだい。あとは、そうだな。歯ブラシとか?」
なんでわかるのよ。名探偵か。蜜葉の視線からは逃れられない。あたしは素直に頷いた。
「ええ。まあ。あとは、…………それだけ」
チェストの一番下の引き出しをちらっと見てカフェオレを飲む。流石にこれは、言いづらい。でも目敏い蜜葉はにこりと笑う。チェストを指さし指摘する。
「何入ってんの?」
「……なにも」
「なにも?じゃあ開けていい?」
「だめよ下着よ!」
あたしは慌ててチェストの前に移動し背にかばう。
「下着ね」
「……」「……」
「……」「……当てようか。元カレのこと考えて選んだやつあるでしょ。しかもまだ着たことない」
あたしは項垂れる。顔を両手で覆ってうずくまる。
「あの箱もあるのかな。たぶん一番薄いやつ」
とんでもないことを言い当てる蜜葉にあたしは穴があったら入りたい気持ちでいっぱいになる。
「もお、やだ。消えたくなるからそれ以上言わないで」
蜜葉が静かに立ち上がり、あたしの隣に来て肩を抱き耳元に唇を寄せる。
「ごめん。意地悪して。嫌だよね。でも僕は鈴華に僕のことだけ考えてほしい。嫉妬深いし独占欲も強い。だからさ、嫌なら言って。今ならまだ引き返せるから。鈴華が出てけって言うなら出てく」
あたしはそろそろと指の間から蜜葉を見つめる。眼鏡の奥の目は真摯にあたしだけを映してる。この目が他に行くのが嫌だな、と素直に思う。でも蜜葉は無理強いはしない。出ていってほしいと言えばさっさと出ていくだろう。そして二度と話しかけてはくれない。
「ずるいわ。あたしは、蜜葉をなくしたくない。だから出てけなんて言えないわよ」
蜜葉の目が嬉しそうに細められる。
「……下着、着けてみてよ。僕に最初に見せて」
「な、なにもしないって言ったじゃない」
「気が変わった」
「ず、ずるいわよ」
「嫌ならしなくていいよ」
「嫌じゃない、けど……」
頭の中が蜜葉でいっぱいになる。元カレを想って選んだ下着は、もしかしたらまだ出会っていなかった蜜葉を想って選んだのかもしれない。そんな風に思わされるほど、あたしの中に蜜葉がどんどん浸食していく。
でもそれとこれとは話は別だ。下着を見せる理由にはならない。だって友達だってさっき言っていた。友達に下着なんて見せるもんじゃない。あたしは誤魔化すように咳払いし、話を変える。
「そうだ。あたしに伝えたいことがあるって言ってたわよね。聞きたいわ」
「今?」
「そう、今」
「いいよ」
「え」
なんだか墓穴を掘ったような気がする。蜜葉の表情が優しくも妖艶に見えるのは、あたしの目の錯覚だろうか。
「鈴華の中で、今僕はどのくらいの割合を占めてるのかな。元カレに追いついた?同じくらい?」
蜜葉の手があたしの頬を撫でる。あたしが目線を彷徨わせると、返事を催促するように親指で唇をなぞる。
あたしは意を決する。
「み、蜜葉」
「うん?」
「元カレより、蜜葉を想ってる」
蜜葉が破顔した。無邪気さの残る笑い方は、あたしの動揺を誘う。蜜葉の一挙一動があたしの鼓動を支配する。
「鈴華の元カレの居場所を僕が上書きしたかったんだ。鈴華の全部を僕で埋め尽くしたい。そうしたら、鈴華は困るかな」
「困ってる。困ってるけど……嫌じゃないわ」
「それは、良かった」
蜜葉は微笑み、ゆっくりとあたしを押し倒す。そしてベッドとコタツを見比べて「どっちがいい?」と聞かれたあたしは潤んだ目で「ここでいい」とコタツから動こうとしなかった。
キッチンと、小さい冷蔵庫の上に電子レンジ、ベッドとコタツにチェスト。そして小さいテレビがあるだけ。つまらない部屋だ。窓は一つ、そこにアパートの前にある花屋で買ったサボテンが置いてある。
蜜葉はお邪魔します、とコタツを見て笑う。
「まだ寒い?」
「コタツは年中出しっぱなしなの。ここで寝るときもあるし」
「ベッドあるのに」
「コタツのほうがよく寝れるの」
「風邪引かないの?」
「引いたことないわ。ほら、適当に座って。今、コーヒー入れるから。ドーナツ半分こしましょ」
コタツのそばに座った蜜葉を見届けて、あたしはヤカンでお湯を沸かす。キッチンの戸棚からまだ使ってなかったカップを取り出し洗って、コーヒーの粉を適当に入れた。
お湯が沸くとカップにお湯を注ぎ、カフェオレとドーナツを持ってコタツの上に置いた。コーヒーを蜜葉の前に差し出すと、蜜葉はありがと、と受け取り口をつけた。蜜葉の向かいに座り、ドーナツを半分にして手渡す。
「いいの?」
「どら焼きのほうがいい?」
「合わないかな」
「合わないわよ」
「じゃあ、遠慮なく」
一口でそれを平らげコーヒーを飲む蜜葉をじっと見る。新しいカップは、いつか元カレが来た時に使おうとして買ったものだった。結局一度も使うことはなかったけど。あたしもドーナツを二口でぺろりと平らげた。
「なんか感慨深い感じでこのカップ見てたけどなんかあるの?」
眼鏡の奥の目が探偵のように探ってくる。
あたしはごふ、とカフェオレでむせた。ティッシュで口元を拭う。蜜葉の視線が、痛い。
蜜葉はなぜか勘がいい。あたしの様子に違和感を感じるとすぐにこうして聞いてくる。あたしはんんっ、と咳払いしおでこに手を当てて項垂れる。
「それ、実は元カレが来たら使おうと思って買ったの。でもそんな機会かなったなって思って」
「へえ」
「ごめん」
「じゃあこれ僕のね。僕はまた来たいし、これでコーヒー淹れてくれる?」
蜜葉の言葉にあたしはぱっと顔を上げた。蜜葉が柔らかい微笑みを浮かべていて嬉しくなる。
「も、もちろんよ」
微笑み合い、これで解決、と思ったのも束の間。
「あとは?」
「え」
「あとは元カレのために買ったものあるの」
尋問が始まった。あたしは頭をフル回転させ元カレのために買ったものを思い出す。
「……」「……」
「……スウェットとか」
「それもちょうだい。あとは、そうだな。歯ブラシとか?」
なんでわかるのよ。名探偵か。蜜葉の視線からは逃れられない。あたしは素直に頷いた。
「ええ。まあ。あとは、…………それだけ」
チェストの一番下の引き出しをちらっと見てカフェオレを飲む。流石にこれは、言いづらい。でも目敏い蜜葉はにこりと笑う。チェストを指さし指摘する。
「何入ってんの?」
「……なにも」
「なにも?じゃあ開けていい?」
「だめよ下着よ!」
あたしは慌ててチェストの前に移動し背にかばう。
「下着ね」
「……」「……」
「……」「……当てようか。元カレのこと考えて選んだやつあるでしょ。しかもまだ着たことない」
あたしは項垂れる。顔を両手で覆ってうずくまる。
「あの箱もあるのかな。たぶん一番薄いやつ」
とんでもないことを言い当てる蜜葉にあたしは穴があったら入りたい気持ちでいっぱいになる。
「もお、やだ。消えたくなるからそれ以上言わないで」
蜜葉が静かに立ち上がり、あたしの隣に来て肩を抱き耳元に唇を寄せる。
「ごめん。意地悪して。嫌だよね。でも僕は鈴華に僕のことだけ考えてほしい。嫉妬深いし独占欲も強い。だからさ、嫌なら言って。今ならまだ引き返せるから。鈴華が出てけって言うなら出てく」
あたしはそろそろと指の間から蜜葉を見つめる。眼鏡の奥の目は真摯にあたしだけを映してる。この目が他に行くのが嫌だな、と素直に思う。でも蜜葉は無理強いはしない。出ていってほしいと言えばさっさと出ていくだろう。そして二度と話しかけてはくれない。
「ずるいわ。あたしは、蜜葉をなくしたくない。だから出てけなんて言えないわよ」
蜜葉の目が嬉しそうに細められる。
「……下着、着けてみてよ。僕に最初に見せて」
「な、なにもしないって言ったじゃない」
「気が変わった」
「ず、ずるいわよ」
「嫌ならしなくていいよ」
「嫌じゃない、けど……」
頭の中が蜜葉でいっぱいになる。元カレを想って選んだ下着は、もしかしたらまだ出会っていなかった蜜葉を想って選んだのかもしれない。そんな風に思わされるほど、あたしの中に蜜葉がどんどん浸食していく。
でもそれとこれとは話は別だ。下着を見せる理由にはならない。だって友達だってさっき言っていた。友達に下着なんて見せるもんじゃない。あたしは誤魔化すように咳払いし、話を変える。
「そうだ。あたしに伝えたいことがあるって言ってたわよね。聞きたいわ」
「今?」
「そう、今」
「いいよ」
「え」
なんだか墓穴を掘ったような気がする。蜜葉の表情が優しくも妖艶に見えるのは、あたしの目の錯覚だろうか。
「鈴華の中で、今僕はどのくらいの割合を占めてるのかな。元カレに追いついた?同じくらい?」
蜜葉の手があたしの頬を撫でる。あたしが目線を彷徨わせると、返事を催促するように親指で唇をなぞる。
あたしは意を決する。
「み、蜜葉」
「うん?」
「元カレより、蜜葉を想ってる」
蜜葉が破顔した。無邪気さの残る笑い方は、あたしの動揺を誘う。蜜葉の一挙一動があたしの鼓動を支配する。
「鈴華の元カレの居場所を僕が上書きしたかったんだ。鈴華の全部を僕で埋め尽くしたい。そうしたら、鈴華は困るかな」
「困ってる。困ってるけど……嫌じゃないわ」
「それは、良かった」
蜜葉は微笑み、ゆっくりとあたしを押し倒す。そしてベッドとコタツを見比べて「どっちがいい?」と聞かれたあたしは潤んだ目で「ここでいい」とコタツから動こうとしなかった。