それは面倒で。 でも愛しくて。
すれ違い
「おまたせしました」
テーブルに、熱々のナポリタンを置くと蜜葉がありがとう、と柔らかく微笑む。
蜜葉が木ノ葉に来るのは三回目だ。
前回は元カレとの揉め事を収めてくれて、お礼にオレンジケーキを奢ろうとしたが失敗した。元カレの乱暴な振る舞いにあたしは疲れてしまい、それに目敏く気づいた蜜葉が抱きしめて落ち着かせてくれた。そのあとは、昼を食べ損ねたと言うので店主の帰りを待ち、ナポリタンの次におすすめのオムライスを奢らせてもらうことにした。
蜜葉はオムライスを完食し、コーヒーを飲んだ。あたしはオムライスの皿を片付けながら感想を聞いた。美味しかったよ、と蜜葉は微笑んだが、でももう頼まない、ときっぱり言った。
「これ、元カレが好きだったんじゃない?」
ぎく、と頬が引きつった。トレーに載せようとしたオムライスの皿を落としそうになる。
そう、オムライスは元カレがいつも頼んでいた定番メニューだ。でもそれとは別に、常連さんにも人気の高いメニューであることに変わりはない。
「な、なんでわかったの」
「なんとなく。鈴華って微妙な気持ちのとき目の奥が濃くなるんだよね」
「洞察力、鋭すぎ」
「鈴華にだけね。チーズケーキ、いい?」
「あ、はい。お持ちします」
チーズケーキを平らげ、閉店時間まで居座り、奢ろうとしたのに「結構です」と拒否をされて奢らせてもらえなかった。そして木ノ葉での仕事が終わるとあたしの家に行き、蜜葉はあたしの中から元カレの記憶を奪うように熱烈に口説いてきた。
怖かった記憶はすべて蜜葉の愛情に塗り替えられて、嬉しさと恥ずかしい気持ちが交互に押し寄せてくる。
「なんか思い出してる?」
トレーを胸に抱き回想にふけっていると、蜜葉の意地悪そうな声ではっと我に返る。にやにや笑う蜜葉はあたしが何を考えていたのかわかっているようで、あたしは赤面し俯く。
「別に、なんも思い出してない」
「そう?まあいいけど。……あれから、何にもない?」
暗に元カレがここに来てないか、と聞かれて頷いた。蜜葉はほっと息を吐く。
「そう。なんかあったらすぐ言ってね」
「うん。ありがとう。ほら、冷めないうちに食べて」
「いただきます」
「今日もチーズケーキ?」
「うん。頼もうかな」
「用意しとくわ」
ショーケースの中のチーズケーキを一つ皿に移し取置しておく。甘党の元カレは頼んだことはない。オムライスとコーヒー、ケーキは生クリームたっぷりのフルーツ系のものを食べていた。
蜜葉がナポリタンを食べ終わる頃を見計らってチーズケーキとコーヒーを置いた。
今日はお客さんも少なくて、まだ二時だけれど店主は休憩に入ってしまった。あたしはテーブルを片付けながら蜜葉に話しかける。
「次の木曜は会える?」
チーズケーキをフォークでカットしていた手が止まり、蜜葉は申し訳なさそうに優しく微笑む。
「ごめん。次の木曜も会社に行かなくちゃいけなくて会えないんだ。三月は毎年こんな感じで」
「ああ、うん。わかったわ。大丈夫。気にしないで」
「ごめんね。また連絡するよ」
手招きされ、布巾を持ったまま近寄る。
蜜葉が片手であたしの頬を包み、耳のあたりにキスをする。
「ごめんね」
今、蜜葉の他にはいつものおばさま方がお喋りをしている。あたしと蜜葉の行為には気づかず楽しそうな声は続いている。
蜜葉はすっと手を離してチーズケーキを食べる。あたしはその様子を赤面し見つめる。
他にお客さんがいないのを見計らうと、蜜葉は所構わずキスをする。スキンシップが多いのは、あたしが未だに元カレに囚われていると思っているからか。
確かに時々、元カレをふと思い出すこともある。オムライスが好きだったことも甘党だということも、簡単には忘れられない。でも、今は蜜葉があたしの心の中の元カレの位置に居座り、上書き保存しつつある。
あたしはちら、とおばさま方を見る。こっちなんて全く見る様子がないことを確認し、あたしは蜜葉の椅子の背もたれに手を付いて耳のあたりにキスする。キスをされたところにお返しだ。
すると蜜葉はカチャン、とフォークを落としキスしたところを手で押さえ真っ赤になった。その顔を見て、あたしもつられて赤くなる。
「こ、こんなとこでお返しされるとは思わなかった」
「さ、先にしたのは蜜葉じゃない」
余裕のある態度であたしを口説くくせに、蜜葉は口説かれるのに慣れてない。そんなところが、とても可愛いと思う。
あらあら、若いっていいわねえ、と遠くから声がして、振り向くとおばさま方がにやにや口元を隠しながら笑っていた。
あたしと蜜葉は目を合わせ苦笑し、あたしは一人厨房へと避難した。