それは面倒で。 でも愛しくて。
柔らかな微笑みを浮かべているくせに、その目は冷たく黒いオーラで淀んでいる。あたしはひくりと頬を引きつらせ、蜜葉は口の端をそっと上げる。
「ちょっと目を離した隙に、ずいぶん仲良くなったんだね」
「なってない。仲良くしてるように見えた?」
「ちょっとだけね」
「気のせいも甚だしいわ」
「そう?ふうん。ところで圭介さん。ハンカチ、返していただけますか」
いつからいたんだろう。
蜜葉はあたしと圭介の間に入ってにこりと微笑み手を差し出す。圭介は負けずにっこりと笑い蜜葉の手にハンカチを渡した。ほっとしたのも束の間、あたしは蜜葉に手を差し出してハンカチを受け取ろうとしたが、蜜葉はハンカチを口元に運び意地悪そうに笑う。
嫌な予感がする。
「さて。鈴華。ハンカチ返してほしかったら僕のお願い聞いてくれる?」
「……な、なに」
「キスして僕の名前呼んでみて」
「え。い、今?」
「そう。今」
あたしはちら、と圭介を見る。
圭介は腕を組んでつまらなさそうにそっぽを向いている。けれどちらちらと視線はこっちを気にしていて、え、するの?とそわそわしている様子が伺えた。
蜜葉はきっとただ妬いているのだ。キスをして名前を呼ぶことで、圭介に見せつけたいだけ。あたしも口説かれて逃げようとしていたので、これは諦めてもらうためのチャンスだから覚悟を決める。
「……蜜葉」
「うん。なに?」
「……蜜葉だけだからね」
好きなのは。
肩に手を添えて、頬に軽くキスをした。
あたしは耳まで真っ赤にし、蜜葉の肩におでこをくっつける。
「……うん。ありがとう」
蜜葉を見上げると、柔らかな笑みを浮かべている。ハンカチを渡されて、あたしはぎゅっと握りしめてから鞄にしまう。
「帰ろ」
そう言うと、蜜葉はするりと手を握り、片手でトレーをさっと持った。エスプレッソとさくらんぼのケーキのカップと皿を見て、蜜葉の目の奥が冷たくなる。え、なに。今度はなにが気に食わないの。でも蜜葉は何も言わずそれを片付けると、ドアを開けて店を出た。
天気が良くて、日の光が温かい。
自然と深呼吸して、さっきまでの息苦しさから解放される。会えないと思っていたのに蜜葉が手を繋いで隣にいる。じわじわと嬉しさが込み上げてきて、あたしの声が一音高くなる。
「今日、早かったのね」
「打ち合わせが早く終わったんだ。鈴華はたぶんここにいると思って来てみたらナンパされてるから焦ったよ」
「……いつから見てたの」
「あいつが鈴華の席に座ってから」
「すぐ来てよ」
「……うん。そうだよね」
蜜葉は黙ってしまった。
握る手も、なんだかぎこちない。少し気を抜けば離されてしまう気がして、あたしは蜜葉の手をぎゅっと握った。
アパートの階段を上る。蜜葉は当たり前のようについてきて、あたしは部屋の前まで来ると躊躇いなく鍵を開けて蜜葉を中に招き入れる。蜜葉も自分の家に帰ってきたかのように自然と靴を脱ぎ上がる。
「何か飲む?えっと、この間スーパーで紅茶のパック買ってきたの」
「鈴華」
「ん?」
「最近なんか、悩んでない?」
ぎく、とした。してしまった。蜜葉は目敏く気づいて眉をしかめ襟足を撫でた。
「やっぱり、あの店員となんかあるの」
「え?ない。一ミリもない」
「じゃあ何悩んでるの」
蜜葉、隣町に彼女いるって本当?しかも一人じゃないの?
喉まで出かかって、飲み込んだ。
あたしは、蜜葉をなくしたくない。だから聞かない。
「なんにも、悩んでないわよ」
「カフェオレ、あんなに好きだったのに今日は違うの頼んでたよね。あのカップ、エスプレッソのでしょ」
「カップでわかるの?」
「わかる。小さかったでしょ」
「……そうよね。確かに」
「あの店員におすすめされたの?」
「あ、そうなの。今日はエスプレッソとさくらんぼのケーキがおすすめで、美味しかったから蜜葉も今度、んっ」
言葉を遮るようにキスをされ、壁に縫い留めるように押し付けられた。喰まれて、舐められて、吸われて。食べ尽くされそうなキスに息ができない。酸欠で目の前がチカチカしてきた頃やっと解放されて、息が乱れる。肩で息をして、蜜葉を潤んだ目で見上げた。余裕のない蜜葉の表情があたしを追い詰める。
「鈴華には、僕が合ってるよ。僕が鈴華を満たしてあげるから。だから僕を選びなよ」
もう一度キスされそうになり、あたしは顔を背けて拒否をする。蜜葉が「鈴華。嫌?」と不安そうな声を上げたので目線だけ蜜葉に戻す。
「嫌じゃない。でも聞いて。あたしの気持ちは蜜葉だけだし圭介のことはただのコーヒーショップの店員よ。蜜葉がやきもちする必要なんてないのよ」
「じゃあ、なにを悩んでるの。嘘つかないで」
壁に肘をつき鼻先が触れ合ったまま蜜葉は言う。あたしは言うつもりはない。だから散々迷い、条件を出した。
「あたしから、離れていかない?」
「いかないよ」
「本当に?」
「本当」
「蜜葉の秘密を知っちゃっても?」
「秘密?鈴華、誰から何を言われたの。もしかしてあいつから何か吹き込まれたんじゃないの」
蜜葉はまるで見ていたかのように的確に言い当てる。圭介から蜜葉の彼女のことを聞いて、あたしは一層蜜葉への執着が強くなった。蜜葉がいないと寂しい。蜜葉のたくさんいる彼女の中の一人でもいい。それでもいいから、見限らないでほしい。縋るような女は嫌かな。女遊びする人は、やっぱり竹を割ったような女のほうがいいのかしら。あっさりさっぱり来るもの拒まず去るもの追わず。
目の前の蜜葉はあたしの悩みを憂いている。ここでなんでもないなんて言えば、それこそ蜜葉に愛想を尽かされてしまいそうで怖かった。
あたしは蜜葉の顔が見れずに、ぎゅっと目を瞑り決意する。
「あたしの他に、付き合ってる人いる、でしょ」
「付き合ってる人?」
「そう。圭介が、隣町で蜜葉と彼女見たことあるって言ってた。しかも毎回違う人を」
「いないけど。それ、僕が女遊びしてるってこと?それ、信じたの」
「信じたくなかったけど……」
「元カレのこともあるしね。でも僕は違うって思ってほしかったな」
「ごめんなさい」
「ま、いいや。そんなことより」
「そんなこと?」
あたしは悲しくなって目を開き、蜜葉をきっ、と睨みつけた。蜜葉はきょとんとあどけない表情をしてあたしを見つめ返す。それがまた、あたしの心を抉ってくる。悔しくて、ぽろ、と涙が溢れると、蜜葉は慌てて袖口で涙を拭うがあたしはその手を振り払う。
「蜜葉に他に恋人がいても、あたしは蜜葉と別れたくなかったの。蜜葉の浮気相手でも遊び相手でもいい、それでも蜜葉のそばにいたいって思ったのよ。でも蜜葉は、あたしが浮気相手だってバレたら面倒になって離れていってしまうかもしれない。捨てられるかなって思ったら言いたくなかった。だから知らないふりしてたかった」
「鈴華」
「それで、どうなの。あたしは浮気相手なの?離れてほしい?あたしは離れたくないわ」
捲し立て、涙目で睨むと蜜葉はぽかんとし、次いでふはっと吹き出した。なにを笑っているんだろうとぽかんとした。そんなにおかしいことをいっただろうか。困惑しながらも、その子どもみたいな笑い方に、不覚にも胸がきゅんと収縮した。
蜜葉はあたしの手を両手で握り、片方の手の甲にキスをして目を細めた。
「そもそもさ、僕は鈴華とまだ付き合ってるつもりはなかった」
「え」
「鈴華は元カレのことまだ好きだと思ってたから。思い出すと自然と泣くほど、元カレに囚われてたから」
確かに、そう。元カレを思い出すと苦しくて、涙が溢れて止まらなかった。
「鈴華が、完全に元カレを忘れて僕だけを好きになってくれたら告白しようと思ってたんだ」
「……じゃあ、今のあたしたちの関係ってなんだったの?定期的に会って、その、か、体の関係もあって、うちに泊まってるのに」
「口説いてる途中だった」
「口説いてる途中?」
あたしはぽかんと口を開けた。
なにそれ。なにそれ!
あたしはむかっとし、蜜葉の顎に頭突きをした。
「痛いっ」
蜜葉が悲鳴を上げる。あたしはわあっと叫ぶ。
「口説きすぎじゃない?!もう付き合ってるしこんなんさぁっ」
「ご、ごめん」
片手でズレた眼鏡を直しながら、蜜葉はおどおどとあたしをなだめようとするがあたしの昂ぶった感情は落ちつかない。
「蜜葉は鈍すぎるわ。あたしは、もう蜜葉のことしか考えられないし元カレとか本気でどうでもいいし、圭介には蜜葉のことで悩まされただけで口説かれて困ってただけだしあたしは、蜜葉しか眼中にないし大好きだから!」
息を切らして真っ赤になって怒った。声を張り上げて怒るなんていつぶりだろう。もしかしたら人生で初めてかもしれない。
蜜葉はあたしの言葉に破顔した。あたしは怒っているのになんでそんなまぶしい笑顔を向けてくるの。なんなのよ!
ふん、とそっぽを向いたのに、蜜葉はあたしの頬を両手で包み込み、ちゅっ、と音を立ててキスをする。あたしはむに、と唇を歪めた。
「鈴華」
「なによ」
「鈴華」
「だからなによっ」
「僕の彼女になってください」
「とっくの昔にもう彼女だし?!」
「ふはっ。そうだね。ありがと鈴華」
「蜜葉だってあたしの彼氏だからね。二股はダメよ」
「そんなことしないよ。言ったでしょ。浮気は絶対しないって。だから安心して下さいねって。覚えてる?」
「覚えてる。何回かデートした後にあたしが許せば触れるとか言ってたけど」
「コーヒーショップでデート。したでしょ?」
「あ、あれってデートなの?」
「デートのつもりだったよ。鈴華は友達とのお喋り程度にしか考えてなかったと思うけど」
「そっ、それは……」
「そのあと魅力的な下着で誘ってくれたけど」
「蜜葉が見せてって言ったからでしょ?!」
「その時から僕のことなくしたくないなって思ってた?」
「思ってた……」
「だから体の関係を許したの?」
「ちゃんと、蜜葉のこと好きだと思ったからよ。蜜葉こそ、あたしが蜜葉を好きでもないのに触れさせたと思ってたの?」
「元カレの傷を癒すのに使われてるのかなと思ってた」
「なによ、それ」
「ごめんね?でも、それでもいいと思ったんだ。いつか僕のこと好きになって元カレを忘れられるのを首を長くして待ってようって思ってた」
「もう好きだから」
「そうだね」
あたしは蜜葉の肩に手を添えてキスをする。蜜葉もあたしの腰を支えてキスに応える。
「ベッド行ってもいい?」
蜜葉の熱のこもった声音と潤んだ目に、あたしは静かに頷いた。
蜜葉から、知らない香水の匂いがしたのは気づかないふりをした。
「ちょっと目を離した隙に、ずいぶん仲良くなったんだね」
「なってない。仲良くしてるように見えた?」
「ちょっとだけね」
「気のせいも甚だしいわ」
「そう?ふうん。ところで圭介さん。ハンカチ、返していただけますか」
いつからいたんだろう。
蜜葉はあたしと圭介の間に入ってにこりと微笑み手を差し出す。圭介は負けずにっこりと笑い蜜葉の手にハンカチを渡した。ほっとしたのも束の間、あたしは蜜葉に手を差し出してハンカチを受け取ろうとしたが、蜜葉はハンカチを口元に運び意地悪そうに笑う。
嫌な予感がする。
「さて。鈴華。ハンカチ返してほしかったら僕のお願い聞いてくれる?」
「……な、なに」
「キスして僕の名前呼んでみて」
「え。い、今?」
「そう。今」
あたしはちら、と圭介を見る。
圭介は腕を組んでつまらなさそうにそっぽを向いている。けれどちらちらと視線はこっちを気にしていて、え、するの?とそわそわしている様子が伺えた。
蜜葉はきっとただ妬いているのだ。キスをして名前を呼ぶことで、圭介に見せつけたいだけ。あたしも口説かれて逃げようとしていたので、これは諦めてもらうためのチャンスだから覚悟を決める。
「……蜜葉」
「うん。なに?」
「……蜜葉だけだからね」
好きなのは。
肩に手を添えて、頬に軽くキスをした。
あたしは耳まで真っ赤にし、蜜葉の肩におでこをくっつける。
「……うん。ありがとう」
蜜葉を見上げると、柔らかな笑みを浮かべている。ハンカチを渡されて、あたしはぎゅっと握りしめてから鞄にしまう。
「帰ろ」
そう言うと、蜜葉はするりと手を握り、片手でトレーをさっと持った。エスプレッソとさくらんぼのケーキのカップと皿を見て、蜜葉の目の奥が冷たくなる。え、なに。今度はなにが気に食わないの。でも蜜葉は何も言わずそれを片付けると、ドアを開けて店を出た。
天気が良くて、日の光が温かい。
自然と深呼吸して、さっきまでの息苦しさから解放される。会えないと思っていたのに蜜葉が手を繋いで隣にいる。じわじわと嬉しさが込み上げてきて、あたしの声が一音高くなる。
「今日、早かったのね」
「打ち合わせが早く終わったんだ。鈴華はたぶんここにいると思って来てみたらナンパされてるから焦ったよ」
「……いつから見てたの」
「あいつが鈴華の席に座ってから」
「すぐ来てよ」
「……うん。そうだよね」
蜜葉は黙ってしまった。
握る手も、なんだかぎこちない。少し気を抜けば離されてしまう気がして、あたしは蜜葉の手をぎゅっと握った。
アパートの階段を上る。蜜葉は当たり前のようについてきて、あたしは部屋の前まで来ると躊躇いなく鍵を開けて蜜葉を中に招き入れる。蜜葉も自分の家に帰ってきたかのように自然と靴を脱ぎ上がる。
「何か飲む?えっと、この間スーパーで紅茶のパック買ってきたの」
「鈴華」
「ん?」
「最近なんか、悩んでない?」
ぎく、とした。してしまった。蜜葉は目敏く気づいて眉をしかめ襟足を撫でた。
「やっぱり、あの店員となんかあるの」
「え?ない。一ミリもない」
「じゃあ何悩んでるの」
蜜葉、隣町に彼女いるって本当?しかも一人じゃないの?
喉まで出かかって、飲み込んだ。
あたしは、蜜葉をなくしたくない。だから聞かない。
「なんにも、悩んでないわよ」
「カフェオレ、あんなに好きだったのに今日は違うの頼んでたよね。あのカップ、エスプレッソのでしょ」
「カップでわかるの?」
「わかる。小さかったでしょ」
「……そうよね。確かに」
「あの店員におすすめされたの?」
「あ、そうなの。今日はエスプレッソとさくらんぼのケーキがおすすめで、美味しかったから蜜葉も今度、んっ」
言葉を遮るようにキスをされ、壁に縫い留めるように押し付けられた。喰まれて、舐められて、吸われて。食べ尽くされそうなキスに息ができない。酸欠で目の前がチカチカしてきた頃やっと解放されて、息が乱れる。肩で息をして、蜜葉を潤んだ目で見上げた。余裕のない蜜葉の表情があたしを追い詰める。
「鈴華には、僕が合ってるよ。僕が鈴華を満たしてあげるから。だから僕を選びなよ」
もう一度キスされそうになり、あたしは顔を背けて拒否をする。蜜葉が「鈴華。嫌?」と不安そうな声を上げたので目線だけ蜜葉に戻す。
「嫌じゃない。でも聞いて。あたしの気持ちは蜜葉だけだし圭介のことはただのコーヒーショップの店員よ。蜜葉がやきもちする必要なんてないのよ」
「じゃあ、なにを悩んでるの。嘘つかないで」
壁に肘をつき鼻先が触れ合ったまま蜜葉は言う。あたしは言うつもりはない。だから散々迷い、条件を出した。
「あたしから、離れていかない?」
「いかないよ」
「本当に?」
「本当」
「蜜葉の秘密を知っちゃっても?」
「秘密?鈴華、誰から何を言われたの。もしかしてあいつから何か吹き込まれたんじゃないの」
蜜葉はまるで見ていたかのように的確に言い当てる。圭介から蜜葉の彼女のことを聞いて、あたしは一層蜜葉への執着が強くなった。蜜葉がいないと寂しい。蜜葉のたくさんいる彼女の中の一人でもいい。それでもいいから、見限らないでほしい。縋るような女は嫌かな。女遊びする人は、やっぱり竹を割ったような女のほうがいいのかしら。あっさりさっぱり来るもの拒まず去るもの追わず。
目の前の蜜葉はあたしの悩みを憂いている。ここでなんでもないなんて言えば、それこそ蜜葉に愛想を尽かされてしまいそうで怖かった。
あたしは蜜葉の顔が見れずに、ぎゅっと目を瞑り決意する。
「あたしの他に、付き合ってる人いる、でしょ」
「付き合ってる人?」
「そう。圭介が、隣町で蜜葉と彼女見たことあるって言ってた。しかも毎回違う人を」
「いないけど。それ、僕が女遊びしてるってこと?それ、信じたの」
「信じたくなかったけど……」
「元カレのこともあるしね。でも僕は違うって思ってほしかったな」
「ごめんなさい」
「ま、いいや。そんなことより」
「そんなこと?」
あたしは悲しくなって目を開き、蜜葉をきっ、と睨みつけた。蜜葉はきょとんとあどけない表情をしてあたしを見つめ返す。それがまた、あたしの心を抉ってくる。悔しくて、ぽろ、と涙が溢れると、蜜葉は慌てて袖口で涙を拭うがあたしはその手を振り払う。
「蜜葉に他に恋人がいても、あたしは蜜葉と別れたくなかったの。蜜葉の浮気相手でも遊び相手でもいい、それでも蜜葉のそばにいたいって思ったのよ。でも蜜葉は、あたしが浮気相手だってバレたら面倒になって離れていってしまうかもしれない。捨てられるかなって思ったら言いたくなかった。だから知らないふりしてたかった」
「鈴華」
「それで、どうなの。あたしは浮気相手なの?離れてほしい?あたしは離れたくないわ」
捲し立て、涙目で睨むと蜜葉はぽかんとし、次いでふはっと吹き出した。なにを笑っているんだろうとぽかんとした。そんなにおかしいことをいっただろうか。困惑しながらも、その子どもみたいな笑い方に、不覚にも胸がきゅんと収縮した。
蜜葉はあたしの手を両手で握り、片方の手の甲にキスをして目を細めた。
「そもそもさ、僕は鈴華とまだ付き合ってるつもりはなかった」
「え」
「鈴華は元カレのことまだ好きだと思ってたから。思い出すと自然と泣くほど、元カレに囚われてたから」
確かに、そう。元カレを思い出すと苦しくて、涙が溢れて止まらなかった。
「鈴華が、完全に元カレを忘れて僕だけを好きになってくれたら告白しようと思ってたんだ」
「……じゃあ、今のあたしたちの関係ってなんだったの?定期的に会って、その、か、体の関係もあって、うちに泊まってるのに」
「口説いてる途中だった」
「口説いてる途中?」
あたしはぽかんと口を開けた。
なにそれ。なにそれ!
あたしはむかっとし、蜜葉の顎に頭突きをした。
「痛いっ」
蜜葉が悲鳴を上げる。あたしはわあっと叫ぶ。
「口説きすぎじゃない?!もう付き合ってるしこんなんさぁっ」
「ご、ごめん」
片手でズレた眼鏡を直しながら、蜜葉はおどおどとあたしをなだめようとするがあたしの昂ぶった感情は落ちつかない。
「蜜葉は鈍すぎるわ。あたしは、もう蜜葉のことしか考えられないし元カレとか本気でどうでもいいし、圭介には蜜葉のことで悩まされただけで口説かれて困ってただけだしあたしは、蜜葉しか眼中にないし大好きだから!」
息を切らして真っ赤になって怒った。声を張り上げて怒るなんていつぶりだろう。もしかしたら人生で初めてかもしれない。
蜜葉はあたしの言葉に破顔した。あたしは怒っているのになんでそんなまぶしい笑顔を向けてくるの。なんなのよ!
ふん、とそっぽを向いたのに、蜜葉はあたしの頬を両手で包み込み、ちゅっ、と音を立ててキスをする。あたしはむに、と唇を歪めた。
「鈴華」
「なによ」
「鈴華」
「だからなによっ」
「僕の彼女になってください」
「とっくの昔にもう彼女だし?!」
「ふはっ。そうだね。ありがと鈴華」
「蜜葉だってあたしの彼氏だからね。二股はダメよ」
「そんなことしないよ。言ったでしょ。浮気は絶対しないって。だから安心して下さいねって。覚えてる?」
「覚えてる。何回かデートした後にあたしが許せば触れるとか言ってたけど」
「コーヒーショップでデート。したでしょ?」
「あ、あれってデートなの?」
「デートのつもりだったよ。鈴華は友達とのお喋り程度にしか考えてなかったと思うけど」
「そっ、それは……」
「そのあと魅力的な下着で誘ってくれたけど」
「蜜葉が見せてって言ったからでしょ?!」
「その時から僕のことなくしたくないなって思ってた?」
「思ってた……」
「だから体の関係を許したの?」
「ちゃんと、蜜葉のこと好きだと思ったからよ。蜜葉こそ、あたしが蜜葉を好きでもないのに触れさせたと思ってたの?」
「元カレの傷を癒すのに使われてるのかなと思ってた」
「なによ、それ」
「ごめんね?でも、それでもいいと思ったんだ。いつか僕のこと好きになって元カレを忘れられるのを首を長くして待ってようって思ってた」
「もう好きだから」
「そうだね」
あたしは蜜葉の肩に手を添えてキスをする。蜜葉もあたしの腰を支えてキスに応える。
「ベッド行ってもいい?」
蜜葉の熱のこもった声音と潤んだ目に、あたしは静かに頷いた。
蜜葉から、知らない香水の匂いがしたのは気づかないふりをした。