それは面倒で。 でも愛しくて。
 そのまま抱きしめられながらコタツまで行き、並べられた朝ご飯の前に座る。コーヒーは淹れてくれて、食パンにはバターが塗ってある。
「あ、ありがとう」 
「こちらこそ。食べてもいい?」 
「どうぞ」
「……いただきます」
 食パンを、サクッと齧る。バターの香りと染み込んだ食感に、満足な気持ちになって蜜葉を見た。
 けれど蜜葉は不服そうに口元をむにむにさせていたので、あたしはすっと目を細める。
「なんか不満気ね」
「え?そんなことない」
「そうかしら。もしかして朝はお米派だった?」
「拘りないよ」
「そうなの?じゃあ、もっと凝ったものをご所望なの?」
「そうじゃなくて……料理勉強しとく」
 卵を割ったことを気にしているのだろうか。あたしは苦笑した。
「しなくていいわよ」
「僕が用意してみたい」
「そうなの?」
「そう。フレンチトーストとか、パンケーキとか?」
「いきなりレベルが高すぎない?」
「難しいの?」
「卵もまともに割れない人が作るメニューじゃないわよ。あたしが作る」
「それじゃあ意味がないよ。僕が作りたいのに」
「ドラマとか映画ではありそうだけど。でも、実際そんなスパダリいるかしら」
「やってみるね」
「わかった。楽しみにしてる。……蜜葉は、甘いもの食べれるの?好き?」
「甘いもの?好きだよ」
「ふうん。……でも、食べてるとこあまり見たことないわ。木ノ葉でもチーズケーキばっかりだし」
「ああ、うん」
「……食べないようにしてたの?」
 蜜葉はぽり、と指で頬を掻く。
「元カレって甘党だったんじゃない?」
 あたしは蜜葉の洞察力に慣れてきた。目を細め、両手で頬杖をつく。
「あたし、そんなにわかりやすいの?」
「鈴華というか……コーヒーショップで一度会った時に、甘ったるそうなケーキ頼んでたからさ」
「それだけ?」
「それだけ」
 元カレが、あのコーヒーショップでケーキを頼んでいたので甘党と推察し、蜜葉は甘いものを食べないことに決めたらしい。あたしは蜜葉の極端な思考に不安を覚えてしまう。
「ね、蜜葉。元カレと全部真逆をいかなくてもいいのよ。そんな無理してたら好きなことできなくなるわ」
 蜜葉は飲んでいたコーヒーを置いて困ったように微笑む。 
「元カレと違ったほうがいいと思うよ。僕が元カレと同じもの好きだったらその度に重ねちゃわない?僕がケーキ食べてたら元カレも好きだったな、とか。オムライス食べてたら毎回これ頼んでたな、とか。僕と元カレを重ねて思い出されるの、すごく嫌な気分だ」
 想像したのか、眉根を寄せ片手で眼鏡を直し不機嫌そうに息を吐く蜜葉を、あたしは真っすぐに見つめる。
「大丈夫よ。蜜葉で上書きされてるから」
「ん?」
「蜜葉が、元カレの気配を消してくれてる。甘党なのは元カレじゃなくて蜜葉で、オムライスを美味しいって食べたのも蜜葉。木ノ葉に通ってるのも蜜葉で、あたしのこと大好きなのも蜜葉」
 あたしのために自分の好きなものを我慢して、あたしの中の辛い記憶を書き換えようとしてくれる蜜葉を想うと胸が苦しい。
 この人は、どこまで優しいのかな。大事にされてるな、と思う。愛されてるな、と実感する。
「蜜葉があのとき、コーヒーショップであたしにハンカチとマフラーを渡してくれたこと一生忘れない。あたしの失恋の痛手が癒えるまでお話しましょうって言ってくれたこと大切に覚えてる」
 あたしは蜜葉の隣に座り、頬にキスをする。
「あたしのこと、大切にしてくれてありがとう。……蜜葉の彼女になれて、すごく嬉しい」
 あたしの他に彼女がいてもそんなのどうでもいいわ。香水の犯人を探そうなんて思わない。あたしのそばにできるだけいて、大切にしてくれて、これ以上なんて望めない。
 蜜葉を抱きしめ、耳に頬を寄せる。蜜葉もあたしの背に腕を回して優しく抱きしめてくれる。
「鈴華が、僕のこと好きになってくれて嬉しかった。大事にするよ」
「うん。……ありがと」
 幸せなのに切なくて、あたしは蜜葉に顔を見られたくなくてぴったりとくっついた。
 目の奥の熱さと痛みが引くのを、ただ辛抱強く待った。
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