それは面倒で。 でも愛しくて。
 ❐❐❐
  
 木ノ葉の仕入れは二週間に一回、隣町まで買い付けに行く。贔屓にしているスーパーがあり、そこで大量に買うと値下げをしてくれる。スーパーの店長は店主の親友で、昔馴染なのだそう。大抵水曜日を隔週定休日にしていて、その日に店主のワゴン車でスーパーに向かう。今日も大量に買い付け、店主が店長と話している間に荷物を次々とワゴン車に乗せていく。すべて乗せ終わると、あたしは先に助手席に戻りぼうっと窓から外を眺める。
 店主から聞いたわけではないが、スーパーの店長と店主は好き合ってるのではないかと勝手に想像している。二人のお互いを見る目や会った時の綻んだ顔。買い付けが終わると荷物を運ぶのも忘れて二人でずっと話している。それは親友の域を超えて、恋人同士の逢瀬に見えた。お互い店主と店長で、仕事も忙しくなかなか会えない中、こうして二週間に一回の逢瀬を楽しんでいるのだと思うと待ち時間も悪くない。
 木ノ葉に戻ればまかないが出て、荷物を片付ければ仕事はおしまい。まかないは店主が気まぐれで作るから、毎回ささやかな楽しみでもある。
 隣町は、今住んでいる町よりも賑やかだ。流行りの店もあるし、人口も多い。でもあたしは引っ越すときこの街を選ばずに今の田舎町を選んだ。最低限の人間関係と、穏やかな時間を手に入れたかったからだ。喧騒なんていらないし、プライベートがなくなる仕事だってお断りだ。木ノ葉はあたしが欲しかったものをくれた。ただ唯一の汚点としては、元カレと出会ってしまったことだ。それがなければ。それさえなければ。あたしは穏やかに生きられただろうと思う。
 傷ついた心は、なかなか癒えない。
 車は従業員用の駐車場に停まっていた。ここからスーパーに入るお客さんが見える。あたしはいつもそこを通る人の流れを流し見るのが好きだった。なんとはなしに見つめていると、見知った顔があり目を見開いた。
 
「……蜜葉」

 蜜葉が知らない女と並んで歩いている。
 なんで、スーパーに。

 今日は蜜葉と約束している。仕入れの日だから仕事は早く終わることを伝えている。連絡を入れれば、蜜葉はすぐにうちに来てくれる手筈になっていた。でも、今日は。すぐ来れなさそう。

 並んで歩く二人を見つめる。
 
 今日は、会社に行く日だっけ。行くって言ってなかったっけ。あれは嘘?彼女と会うための口実だったの?蜜葉の隣を歩く女は気の強そうな美人だ。茶髪のロングヘアに、きりっとした眉。穏やかで物腰の柔らかな蜜葉の雰囲気とは真逆の人だ。彼女のほうが蜜葉に寄り添い引っ張っている。蜜葉は曖昧に笑い彼女に引っ張られてスーパーに入っていった。
 あたしはその後をつけたかったが、踏みとどまる。だって、もし見つかってしまったら? 
 ストーカーみたいな行為をして、引かれるのが怖かった。
 見えなくなってしまった二人を思いながら悶々としていると、店主が戻ってきた。謝りながら運転席に乗り、お詫びに好きなものを作るから言いなさい、と言われたのでナポリタンとチーズケーキが食べたい、とぽつりと言った。
 
 まかないを食べて仕入れ品を整理し、仕事を終えて帰宅したが、蜜葉に連絡を入れようかどうか迷った。
スマホを置いてはまた持って、唸って、お茶を淹れて飲んで夕飯の支度に取りかかった。今日は簡単に玉子丼にしよう。まず冷凍ごはんをレンジで解凍して皿に盛っておく。卵を溶きほぐし出汁を入れ、フライパンで軽く火を通して半熟のうちにご飯にかける。千切りにしたキャベツはいつも常備しているので、それをサラダにして今夜の夕飯の出来上がりだ。侘びしいけれど、これが一人暮らしの実情だ。作ってあげる相手がいなければ手を抜き放題だ。
 結局蜜葉に連絡はしなかった。玉子丼をコタツで食べながら、スマホを見るけど蜜葉からも連絡はない。
 玉子丼を食べ終わり、片付けているとピンポン、とチャイムが鳴った。誰だろう。宅配、何か頼んでたっけ。
 はーい、と手を拭きながら返事をして玄関のドアを開ける。確認も何もせずに開けてしまい、目の前に蜜葉の顔が視界に広がり硬直した。
「……」
「……」
 しばらく見つめ合い、あたしがへら、と笑うと蜜葉が目を細めて冷たく笑う。
「忘れてた?ずっと待ってたんだけどな」
「忘れてたというか……」
「仕事押してるのかと思って連絡しなかったんだけど、部屋の明かりがついてたからさ」
「……ごめん」
「ご飯、もう食べたんだね。ご飯の匂いする」
「蜜葉、ご飯食べてない?簡単なものなら作るけど」
「牛丼、買ってきた。二人分」
「え。あ、そうなの?お茶淹れる。上がって」
「ありがとう。……いや、やめとこうか?」
「え?」
「会いたくないから連絡しなかったんじゃないの」
「……会いたくないって思ったことない」
 連絡して、彼女が隣りにいて、蜜葉のほうがあたしより彼女との時間を優先させたらどうしよう、なんて考えたら連絡できなかったのだ。
 あたしは帰ろうと一歩退いた蜜葉の袖を摘む。
「どうぞ。上がって」
「……うん。お邪魔します」
 ぱたん、とドアが閉まる。蜜葉が牛丼を持ってコタツに向かう。あたしの横を通り過ぎたとき、いつもの香水の匂いがふわりとして、蜜葉と並んで歩く女を思い出し、ぎゅうっと胸が締め付けられた。
 あ、だめ。泣く。
 あたしは動揺して洗面所に向かった。ぱたぱたぱた、と雫が落ちる。目の前がぼやける。喉の奥が熱くなり小さく嗚咽すると、ふわりと香水の匂いがして、蜜葉があたしを抱きしめていた。頭を撫で、腰に腕を回す。
 蜜葉の頬の感触が、あたしの頭に触れる。
「泣き癖、まだ直ってなかったんだね」
 悲しそうに悔しそうに蜜葉は言う。
 今あたしが泣いているのは、元カレを思い出しているからだと誤解している。
 あたしの泣き癖は、今はほとんどない。あったとしても、目の奥がじんわり熱くなるくらいで泣いたりしてない。ひとえに蜜葉のおかげだ。蜜葉が元カレを上書きしてくれたからだ。でも蜜葉はそんなこと知る由もないからあたしが泣いているのがまさか自分のせいだとは思わない。あたしが嫉妬して泣いてるなんて思いもよらない。
 蜜葉はただ、あたしを抱きしめ安心させるように優しく頭を撫で続けてくれた。 
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