それは面倒で。 でも愛しくて。

お揃いの恋人


 一難去ってまた一難。
 あたしは今、運んだお冷やをぶっ掛けられて水浸しになっていた。ランチタイムの木ノ葉がしん、と静まり返る。
 カウンター席に座った彼女は「泥棒猫」と無表情でぽつりと呟いた。なんだ泥棒猫って。あたしが何を盗んだというのだ。全く身に覚えがない。謂れのないことで水をかけられる意味がわからない。あたしはハンカチを取り出しおでこと頬を拭く。
 目の前の彼女はそのハンカチを見て瞠目する。
「それ、蜜葉のでしょ。なんであなたが持ってるのよ」
 また蜜葉絡みなの。ひっそりとモテる彼氏を思い内心ため息が出る。あたしはこの先あと何回、女難の相を繰り返さなければならないのか。占いにでも行ってみようか。
 ハンカチを握りしめ、目の前の彼女を観察する。肩までの黒髪ボブヘアの、肌が白く目のパッチリした可愛らしい人だ。Vネックの春セーターにスキニーパンツを合わせたその格好はスタイルの良さを強調する。
 彼女が来た時に案内したのは店主だった。カウンター席に座った彼女にお冷やを運び、彼女が笑顔でありがとう、とあたしの顔を見た瞬間、お冷やを浴びせられて言葉が出なかった。
 水を掛けられる音って結構響くのね。木ノ葉の中が一瞬にして凍りついた。店主が厨房から出てきてタオルを持ってくる。あたしの頭にタオルを掛けて背にかばい、お客さんに向き直る。
「うちの店員が、なにか粗相をいたしましたか」
 いかつい店主が見た目に似合わず丁寧な口調で話すので、一瞬びくりとした彼女はすぐに無表情に戻り強めの口調で反論する。
「したわ。私の恋人に手を出したの。水をかけるだけじゃ気が収まらない」
 粗相どころじゃない。木ノ葉は関係なく、全くのプライベートな問題だ。公共の場に持ち込んで騒ぎ立てる必要なんてない。
「……お客様。ここは飲食を提供する場です。そのようなトラブルの解決はここではいたしかねます。まだなにかするようでしたら退店していただくことになりますが、いかがなさいますか」
 店主が丁寧な言葉で有無を言わさない圧をかける。彼女は無表情で立ち上がる。
「申し訳なかったわ。退店します。あなたも、水をかけてごめんなさい」
 あたしは店主の背中からひょこりと顔を出し、軽く会釈した。
「ねえ。さっきのハンカチ。見せてくれない?」
 いきなりそう言われて、でも嫌だとは言えずにそっと差し出す。これ以上騒ぎ立てられたくなくて見せたけれど、そんなことしなければよかった。彼女はさっとハンカチを取って鞄にしまい、すたすたと歩いていく。
「え?あ、あのっ」
 ドアの前で彼女はにこりと笑う。
「私は麗菜。蜜葉によろしくね」
 ハンカチを持ってドア鈴を鳴らし、麗菜さんは行ってしまった。ぽかんと、ドアを見つめるあたしに、店主はぽん、と肩を叩く。
「だから言っただろう。蜜葉は面倒な臭いがすると」
 店主の言葉にあたしは振り返り頬を引き攣らせた。
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