それは面倒で。 でも愛しくて。

「今日ね、麗菜さんが木ノ葉に来たんだけど」

 がちゃん、と派手な音がした。
 夕飯を食べ終わり、後片付けをしてくれている蜜葉が食器を手から滑り落とす。あたしは蜜葉の隣に立って怪我がないか確認した。
「大丈夫?」
 食器は割れていないし蜜葉にも怪我はなさそうだ。蜜葉は眼鏡を濡れた手の甲で掛け直すと、動揺を隠すように皿洗いを再開する。
「だ、大丈夫。それより、なんで麗菜が木ノ葉に……話したの?」
「あたしの顔を見るなり水をかけられたわ」
「はっ?」
 もう食器洗いどころじゃない蜜葉を押しやって、あたしは手早く後片付けをするとヤカンでお湯を沸かして新品のマグカップにコーヒーを淹れた。蜜葉がお揃いのマグカップを買ってきて、これで飲みたいと可愛いことを言ったのは最近の話だ。蜜葉はあたしの手から片方を受け取りありがとう、と言ったが落ち着かない様子だ。落とさないかな、とはらはらしながら見ていたが、なんとかコタツまで辿り着き並んで座る。
「そ、それで。話の続きは?」
「蜜葉から貰ったハンカチ、持ってかれちゃった。蜜葉によろしくねって言ってた」
「……そう。なんか、巻き込んでごめん」
「麗菜さんは、お付き合いしてる人なの?」
「鈴華。僕がまだ女遊びしてる浮気癖の男だと思ってる?」
「だって、蜜葉ぼうっとしてるから、いつの間にか女のほうが勝手に付き合ってると思い込んでるんじゃないかって心配なの」
「そんなことある?」
「ありそうだから言ってるのよ。麗菜さんに泥棒猫って言われたんだけど」
「な、なんで」
「こっちが聞きたいわ。麗菜さんと本当につきあってないの?」
「……」
「……なんで黙るのよ。やっぱり付き合ってるの?」
「付き合ってない。元カノだから」
「元カノ」
「別れた、から。たぶん」
「その、たぶんってなに」
「知らないうちに結婚してて、捨てられたカタチになった」
 あんぐりと口を開ける。蜜葉が頬杖を付いて開いた口を見つめる。デジャヴだ。それは、つい最近あたしにも起こったことだ。
「なにそれ。あたしと同じじゃない」
「だね。お揃いだ」
 へら、と笑い頬を指先でぽり、と搔く蜜葉にあたしも同じように頬を指先で掻いた。
「もしかして、あたしに自分を投影してた?同じ境遇で可哀想で、だから慰めなきゃって思ってた?それでなんか流れで付き合おうってなっちゃった?」
「違う。全然違うから。確かに似た境遇で鈴華の気持ちは痛いほどわかるよ。浮気して結婚されて捨てられてさ。初めは微妙な気持ちで鈴華といたけど、でも今は鈴華のこと愛しいって思ってる。ちゃんと愛してる」
 真っすぐに見つめてくる眼鏡の奥の真摯な目に、あたしはぐっときて胸を抑えた。
「う、うん。ありがと。あたしも蜜葉が好きよ。……でも元カノ、まだ付き合ってる気でいたけど。ちゃんと、別れたの?」 
「別れ話はしてない。いきなり連絡が取れなくなって会えなくなって、知人から結婚したってこと聞いたんだ。しかも大手のホテルの経営者。僕なんて太刀打ちできないほどの身分の差。麗菜も企業のお嬢様だったみたい。僕は何も知らないで麗菜と付き合ってた。いや、そもそも遊び相手だったのか。それで、……この町に引っ越してきた」
「そう、なんだ」
「僕のことを知らない人たちの中で生活したかったんだ。前の町では、捨てられて可哀想ってレッテル貼られて惨めだったからさ」
「あたしもそんなレッテル貼られてたのかしら」
「鈴華は大丈夫だよ。僕がいたし、そもそも鈴華ってこの町に仲いい人いなくない?」
「うん。そうね。いない」
「貼られることないんじゃない?」
「そうね。蜜葉も、今はあたしがいるから大丈夫よ」
「うん。そうだね」
 蜜葉があたしの耳に後れ毛をかける。顔が近づいてきてキスされそうになり、さっとその口を片手で塞ぐ。蜜葉がむっとして指を齧る。
「い、今噛んだっ」
「なんで止めたの」
 噛まれて手を引っ込めると、その隙に後頭部に手を添えられ否応なくキスをする。喰まれて熱を分けられて、情熱的なキスに頭がぼうっとしてくる。コタツに入りながらラグの上に倒れていく途中で、あたしは蜜葉の肩に両手を付いてキスから逃れる。蜜葉がどうして止めるのかと怪訝な顔をする。
「あたしに言ってないことあるでしょ」
 蜜葉の熱の余韻に浸りながら、なんとか言った。
 これは勘だ。蜜葉の一挙一動の中に、嘘はないが後ろめたさのある何かを感じた。それをキスで紛らわそうとしたのだから、あたしは怒ってもいいはずだ。
 蜜葉がぎく、と肩を揺らす。あたしは眉を吊り上げる。
「やっぱり付き合ってるの?不倫してるの?!」
「ち、違う!最近知らない番号からよく連絡が来てて、麗菜の連絡先は削除しちゃったし、でも麗菜かなって、思ってたところでした」
「そうなんじゃない?タイミング的に!」
「すいません」
「もうっ、いいけど。いくないけどっ。でも麗菜さん結婚してるんでしょ?なんで蜜葉に今頃会いに来るのよ。で、なんであたしのこと知ってるのよ」
「調べたんじゃない」
「怖いわよ」
「探偵とか使ったのかな。でも、わかった。麗菜とは一度会って話すよ。ちゃんと別れ話もしてくる。いい?」
「いい。ちゃんと、してきてね」
 あたしは蜜葉にキスをすると、コーヒーを飲んで背を向けた。拗ねたあたしを、蜜葉は後ろから抱きしめご機嫌取りの言葉を並べた。
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