それは面倒で。 でも愛しくて。
水難の相
「あら、鈴華ちゃん。水難の相が出てるわよ」
最近手相占いにハマっているという常連客のおばさま、相田さんはケーキセットを運んできたあたしを隣に座らせて手を引っ張った。四人がけのテーブル席は、相田さんとその友人二人でほとんど毎日埋まっている。午前中にアルバイトをして、その帰りに寄る木ノ葉でのお茶会が唯一の楽しみなのだと言っていた。スーパーのレジで昼過ぎまで働き、お茶会をして、帰宅する。帰れば旦那さんと娘さんの洗濯と夕飯づくりに精を出す。そして二人が寝静まった後、一人で録り溜めたドラマを見るのだという。相田さんとその友人二人は旦那さんの愚痴とドラマの話で盛り上がる。そして今。ドラマの中でヒロインが占いにハマり翻弄される様子を見て、どんなものかと占いの本を買って読んでみたらすっかり興味津々、いろんな人の手相を見ていると楽しそうに話していた。相田さんはあたしの手のひらをじっくりと見て、水難の相、とはっきり言った。
最近二回ほど理不尽な理由で水をかけられ辟易していたが、これ以上まだ何かあるというのだろうか。あたしはうんざりしてしまった。
「鈴華ちゃん、色恋沙汰で水浸しになってたもんねえ。若いっていいわねえ」
先日麗菜さんに水をかけられたシーンをばっちり目撃していた相田さんは、頬に手を当てうっとりとした。
「私も若い頃はね、色々あったのよ。男の取り合い、懐かしいわぁ」
「取り合いですか」
「結局取られちゃったけどねぇ。男はやっぱり不幸な女を選ぶのよ。俺が幸せにしてやるって思えるようなね。私みたいに気の強い女は好まれないわねえ」
最近まであたしは自分を不幸だと思っていた。二股されて捨てられて、涙腺も弱くなってぼろぼろだった。でも、蜜葉が救い上げてくれた。あたしを面倒と言いながらも大切にしてくれて、愛してくれて、あたしは今、幸せだ。でも、蜜葉を取られそうになると気が強くなってしまう。麗菜さんに泥棒猫、なんて言ってしまうくらいには。もう少し、淑やかにしようと心がける。
「あっ」
相田さんが満足してあたしの手を離したとき、肘が水の入ったコップに当たった。それは倒れてテーブルに広がり、あたしの膝まで滴ってきた。
あたしは布巾を持ってきて、テーブルを拭き上げる。
「ごめんなさいね」
「大丈夫ですよ。濡れてないですか?」
「ええ。私は。鈴華ちゃんは濡れちゃったわね」
「着替えがあるのでお気になさらないでください」
あたしはごゆっくり、と言って休憩室に入る。
水難の相か。
嫌な予感がして、身震いした。