それは面倒で。 でも愛しくて。
 ❐❐❐

「……」
「……」
「あのさ」
「はい」
「指輪、外さないでね」
「蜜葉こそ。外しちゃだめよ」
「……圭介に言い寄られても無視してね」
「蜜葉こそ、美女が現れてもきっぱり断るのよ」
「麗奈が来ても部屋に上げたらだめだよ」
「そこは、良くない?」
「だめ。なにがあるかわからない」
「わ、わかったわ」
 ぎゅっと心配そうに手を握られて、あたしはしっかり頷いた。

 蜜葉の長期出張の日。
 閑散とした駅に、人の姿は見当たらない。無人駅で、利用者もほとんどいないこの駅は、いつまで存在してくれるのか時々不安になる。
 電車の時間が差し迫る。踏切の音が遠くで聞こえる。
 しばらくさよならか。
 じわ、と目が潤むのをなんとか堪え、蜜葉を笑顔で送りたい。

 蜜葉の手が、耳に触れる。次いでチャリ、と控えめな音がした。耳に違和感があり、指先を延ばすと何かに触れた。
 蜜葉が目を細める。
「プレゼント。……指輪受け取りに行ったとき、鈴華に似合うかと思ったら買っちゃった」
 あたしは慌てて鞄から鏡を取り出し耳を映す。そこにはハート型のピアスが揺らめいていて、もう我慢できなくてぽろ、と一筋涙が溢れた。
 ガラスケースを何気なく見ていた時に、ふと目に止まったものだ。でもそれだけ。可愛い、と一瞬思っただけ。それでも蜜葉はあたしの機微を見逃さない。こんなにあたしのことを見てくれた人なんて、蜜葉が初めてだ。
「行かないで。寂しい、かも」
 つい本音が漏れる。蜜葉が触れるだけのキスをする。
「半年なんてすぐだよ。たくさん連絡するよ」
「そうよね。ごめん。……いってらっしゃい」
 無理矢理笑うと、蜜葉が顔を歪ませてあたしを連れ去るような、勢いでかき抱く。
「行ってくるね」

 無情にも、風を唸らせ電車がホームに到着した。
 扉が開き、蜜葉はあたしからそっと離れて電車に乗る。あたしが手を振ると同時に扉が閉まる。電車がゆっくり動き出す。あたしは蜜葉を見つめ、目線を絡ませる。けれど絡ませた目線はすぐにほどかれふつりと切れて落ちていく。あたしは電車が見えなくなるまでひとりぽつんとホームに立ち尽くした。
 
 ❐❐❐
 
 蜜葉の部屋はそのままで、あたしは定期的に掃除をした。たまに泊まって蜜葉を思い出し、木の葉に仕事に行き、コーヒーショップで休日を過ごす。
 そんな毎日を過ごす中で、蜜葉からの連絡がほとんど来なくなり、あたしも連絡を諦めてきた頃。
 久しぶりに蜜葉からメッセージが届いて確認する。

 コーヒーショップで待ってます、と。
 
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