それは面倒で。 でも愛しくて。
おかえり、ただいま。
鏡の前に立ち、くるりと回る。白のオフショルダーに水色のロングスカート。今日は少し肌寒いのでマフラーを巻いて肌を隠す。持ち前のふわふわセミロングをバレッタで一つに纏めて後ろで留める。耳にはハート型の小ぶりなピアス。
よし、完璧ね。前髪を整えると、鏡に映った指輪に目が行きそっと撫でる。
久しぶりに蜜葉に会えると思うと、とても緊張する。
早鐘を打つ心臓を落ち着かせるように深呼吸をし、パンプスを履いて玄関を出た。
街中の外れに一軒のコーヒーショップがある。
あたしと蜜葉はそこで出会った。
当時付き合っていた恋人からいきなり別れを告げられて、泣いていたあたしにハンカチを貸してくれた、優しい人。それが蜜葉だった。何も言わずにコーヒーショップを去っていった蜜葉にもう一度会いたくて、何度か通い、やっと会えたと思ったらちょっと迷惑そうだった。そう、確か遠慮がちに面倒だった、と言われたことを思い出し、思わずふふ、とひとり笑う。すれ違う人が訝しげに見てきたので誤魔化すように咳払いをした。
あのコーヒーショップでは、色々あったな。
元カレとその奥さんと鉢合わせたり、蜜葉が元カレにマウント取ったり、蜜葉が他の女と会ってるところに遭遇したり。思い出が、いや、事件が多すぎる場所だ。
過去に思いを馳せていると、いつの間にか壁一面がガラス張りの、見慣れたコーヒーショップに到着した。
あたしはガラス張りのドアを押し、中に入る。
カウンターにいる店員さんが、あたしの顔を見ていらっしゃいませ、と微笑んだ。黒髪の、精悍な青年、圭介だ。
「カフェオレのレギュラーと、チョコレートドーナツください」
かしこまりました、とレジを打ち、会計を済ませる。少々お待ちください、と素早くチョコレートドーナツを皿に取り出してトレーに置く。目が合うと、圭介はそっと微笑み会釈をする。コーヒーショップの店員としての適度な距離と態度である。
最近圭介はあたしにあまり絡んでこない。他愛ない会話はするけれど、それだけだ。それというのも圭介のすぐ後ろでコーヒーを作っているポニーテールの女性が、最近圭介とお付き合いを始めたからだ。その彼女がとてもヤキモチ焼きで、圭介が他の女性客と少しでも親しく話すだけで機嫌が悪くなる。圭介はそこを可愛いといい、溺愛しているので上手くいっているのだろう。その彼女がカフェオレをトレーに置き、お待たせ致しました、と微笑む。気のせいだろうか。なぜか威圧感がある。トレーを受け取ると、圭介が彼女の横に立ってこそりと囁く。
「お連れ様、いらっしゃってますよ」
あ、もう来てたんだ。落ち着いていた鼓動が一気に跳ね上がる。ほんの少し手が震えて、トレーを落としそうになり彼女が慌ててあたしの手を支えてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「いえ。お席までお運びいたしましょうか」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます。……あの、あたしの格好、変じゃないですか」
彼女は微笑み「可愛いですよ」と言ってくれた。
隣の圭介も、にっこり笑って頷き「ハート型のピアスがお似合いです」と褒めてくれた。そして彼女に冷ややかに睨まれ苦笑する。
お世辞でも、その言葉を貰えると安心する。
彼女はごゆっくり、と優しい言葉をかけてコーヒーとドーナツの載ったトレーからそっと手を離した。その手の温かさが離れるのが、少しだけ不安だ。
会釈をし、いつもの席に歩を進める。
店の奥、待ち人はそこにいた。赤茶の癖っ毛に、黒縁メガネのその奥の目は、優しい印象を与えるとろんとした垂れ目。少しだけ、痩せたかな。あたしは蜜葉の向かいの席にすとん、と座った。パソコンとにらめっこをしていた蜜葉が、顔を上げて微笑む。
「待ってたよ」
低くて心地良い声。懐かしさにじわ、と目の奥が熱くなり、きゅっと眉間に皺を寄せたら笑われた。
「泣き虫なのは、変わらない」
「だって、久しぶりすぎて……最近連絡だってくれなかったじゃない」