それは面倒で。 でも愛しくて。

社交辞令ではなく

 翌日の昼下がり。早速蜜葉はあたしが働く喫茶店木ノ葉に来てくれた。パソコンの入った鞄を持ってドア鈴を鳴らし、そっと入ってきた蜜葉にあたしはすぐに気
がついて「いらっしゃいませ」と笑った。あたしを見つけてほっとした表情の蜜葉を二人掛けのテーブル席に案内し、グラスに入った水を出す。
「ナポリタンと、コーヒーください」
 メニューを見ずにすぐ注文する蜜葉にふふ、と笑う。
「律儀ですね」
「ナポリタン、おすすめですもんね」
「はい。お待ちください」
 注文を伝票に書いて厨房に伝える。
 料理担当の寡黙な店主が頷き調理を始めた。
 ここで働くようになり三年が過ぎた。
 前職は事務だった。忙しい会社で残業は当たり前。帰って寝てを繰り返し、プライベートの時間なんてないも同然。休日出勤が日常になりかけたころ、限界が来て退職届を出した。
 心身疲れてしまったあたしは思い切ってこの田舎町に引っ越した。喧騒はなく、自然の多い街に癒され、散歩をしているときたまたま喫茶店木ノ葉のアルバイト募集の張り紙を見た。すぐに面接をして、その場で採用が決まった。
 喫茶店は小さく、店主とあたしの二人で切り盛りをしている。あたしの前は店主の母親が働いていたみたいだが、残念なことにお亡くなりになり途方に暮れていたところにあたしが面接に来た。
 藁にもすがる思いだった、とこの時だけは寡黙な店主はよく話した。話せる人が自分にはあまりいないのだと、面目なさそうに言っていた。

 ナポリタンが出来上がり、トレーに載せて蜜葉のところまで運び「お待たせしました」と静かに置く。
 ケチャップたっぷりのナポリタンは湯気が出ていて食欲をそそる香りを撒き散らす。
「ありがとうございます。いただきます」
「ごゆっくり」
 あたしは減っていた水を注いでそっと離れて蜜葉の様子を窺う。
 テーブルに広げていたパソコンを閉じ、ナポリタンをフォークにくるくる巻いて口に運ぶ。熱かったのか、はふっと息を吐いて咀嚼し飲み込んだ。
 そしてすぐに二口目三口目をフォークに巻いて同じ動作を続ける。
 一生懸命食べている姿がなんだか可愛くて微笑んでいると、見過ぎていたのか蜜葉がぱっと顔を上げた。目が合い、あたしはぱっとそらしてしまった。
 あ、感じ悪かったかな……。
 そっと視線を戻すと、何でもないようにナポリタンを食べている蜜葉を見てほっとした。
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